真保裕一のデビュー作で、第37回江戸川乱歩賞受賞の「連鎖」
深夜、羽川の部屋にかかってきたのは、枝里子からの電話。彼女の夫の竹脇史隆が、飲めない酒を飲んで車ごと海に突っ込んだということだった。羽川は早速病院へと向かう。しかし、竹脇は意識不明の重態であった。事故なのか、それとも自殺なのか。自殺であるとすれば、その原因はなんなのか?
実は羽川は2週間前、6年ぶりに竹脇の妻の枝里子とベッドを共にしていた。それを知った竹脇は、7日前に家を出ていたのだ。竹脇と羽川は中学時代以来の親友で、枝里子は元々、羽川の恋人だった。
結婚以来6年間姿を見せなかった竹脇は、半年前、厚生省の東京検疫所に勤める羽川の元に「週間中央ジャーナル」の記者として現れ、輸入食品の放射能汚染に関する大スクープを物にしていたのだ。仕事、名声、地位、家族、女、金。羽川にはないものばかりを持っていた竹脇。枝里子を寝取ったのは、そんな竹脇に対する、羽川の復讐でもあった。
しかし、元食品衛生監視員・通称「食品Gメン」である羽川は、上司に言われて、自分でも放射能汚染食品の横流しを調べていくうちに、竹脇の自殺未遂には、殺人の可能性があると考え始めるのだった。
真保裕一のデビュー作で、第37回江戸川乱歩賞受賞の「連鎖」。
デビュー作だというのに、この勢いには驚かされました。普段の生活では耳慣れない「食品Gメン」が主人公。
当然、食品の汚染と安全基準のこと、食品の輸出入とその抜け穴のことなど、専門的な内容が緻密に書かれているのですが、これがとても読みやすく、とっつきにくさを全く感じさせません。
著者は作品を書かれる上で、入念に取材をされる人だとよく言われていますが、この頃からそうだったということがよく分かります。食品の汚染に関しても、頭ではチェルノブイリの事故で汚染された食品のことは知っていますし、そもそも、食品の安全基準は、裏をかえせば「そこまでは汚染物質が入っていても大丈夫」という意味だということも理解しているのですが、まさか、ここまでとは驚きました。
しかし、著者はこの作品で、食品汚染に関することばかり脚光を浴びたことに不満だったらしいのです。著者にとってみれば、食品汚染に関することは、基礎的な設定にすぎなかったんですね。
食品Gメンの羽川は、最初は親友の妻を寝取る最低の男として登場します。しかし、彼は決して、最低なだけの男ではありませんでした。物語の中盤で枝里子の口から、枝里子と竹脇が羽川に魅せられた理由が語られるのですが、それを読んだ時は、妙に納得してしまいました。自信に満ち溢れてみえた竹脇と枝里子が、実はそれほど強い存在ではなかったことも。ここらあたりの描き方は、実に巧いですね。
複雑に入り組んだ現実と、張り巡らされた伏線は見事としか言いようがありません。「連鎖」という題名通り、様々な要素、様々な人間が絡み合い、緊張感を高めつつ、ラストへと向かっていきます。社会派小説であり、ハードボイルドであり、しかもミステリでもありと、とても著者らしい密度の濃い作品だと思います。
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