機知と風刺と諧謔と冷笑を華麗に駆使する、芥川龍之介の晩年の問題作「河童」 - 河童の感想

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河童

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機知と風刺と諧謔と冷笑を華麗に駆使する、芥川龍之介の晩年の問題作「河童」

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文章力
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ストーリー
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芥川龍之介の小説は、意識的に計算された緻密な構成と、効果的に選択された独自の文体を持つ作家で、どの作品を読んでも、すみずみまでその効果を計算され尽くした、知的な操作による創作の方法は、初期であろうと晩年であろうと、終始一貫していたと思います。

舞台と人物との選択は、時間的空間的に奔放自在を極めています。
古今を問わず、東西に渡っており、王朝期あり、江戸期あり、開化期あり、大石内蔵助あり、滝沢馬琴あり、松尾芭蕉あり、鼠小僧次郎吉あり、スサノオノミコトあり、ツルゲーネフあり、トルストイあり、盗人あり、殺人者あり、姫君あり、-----と多種多様です。

文体もまた、客観描写体、独白体、書簡体、談話体、問答体など、ありとあらゆる種類を駆使し、あるいは、欧文調、漢文調、南蛮語調、翻訳調、談話調など、時により、場合に応じて、正に変幻自在の妙を尽くしながら、しかも、歴然とした芥川独自の文体を創り出しています。
しかも、これらの諸作品で、機知と風刺と諧謔と冷笑の効果を自在に駆使しているのです。

文壇的な処女作と言われている、「鼻」を同人雑誌に発表した芥川龍之介は、夏目漱石から次のような手紙をもらいました。

「落着きがあって、ふざけていなくて、自然そのままの可笑味がおっとり出ている所に上品な趣きがあります。それから材料が非常に新しいのが目につきます。
文章が要領を得てよく整っています。敬服しました。
ああいうものを是から二三十並べてごらんなさい。
文壇で類のない作家になれます」と激賞されている有名なエピソードです。

この「鼻」という短編小説の材料は、宇治拾遺物語から採ったもので、芥川はこのように昔の物語の中から、忘れ去られた笑いを見つけ出して、そこに近代的解釈を施して、シニカルでアイロニーに満ちた短編に仕立て上げるという手法を得意とした作家だと思います。

そして、この「鼻」の作者が、晩年に「河童」を書いたのは偶然ではないと思います。
芥川は、この「河童」を完成した5カ月後に自殺しています。

「河童」という小説は、精神病院の若い患者の「僕」が語るという形になっています。
上高地の梓川の谷で、僕は偶然一匹の河童に出会います。
それを追いかけているうちに、熊笹の根元の穴から、河童の国へ落ち込んでしまいます。

僕は特別な保護のもとに、住宅を与えられ、呑気に遊んで暮らします。友達も出来ました。
だが、河童には河童特有の色々な事があり、お産をする時、父親は、母親の生殖器に口をつけて、「お前はこの世に生れてくるかどうか、よく考えて返事をしろ」と大声で聞きます。

お腹の中の子供はこう答えます。「僕は生れたくありません。第一僕には悪い遺伝があるし、それに河童的存在を肯定しませんから」と。
すると、お産婆さんが、何かの液体を注射します。途端に、母親のお腹はへたへたと凹んでしまいます。

また、河童の恋愛は、雌が雄を追いかけて抱き着くといったふうのものです。
本を作るには、機械の漏斗形の口へ、紙とインクと驢馬の脳髄の粉末を入れるだけでいいようになっています。

会社で首切りがあると、政府は、その職工を殺して食肉にすることになっています。
餓死したり、自殺したりする手間を省いてやるためです。

そうこうしているうちに、僕は河童の国に厭きて、人間界に戻りますが、事業に失敗して、河童の国へ帰りたくなり、中央線の汽車に乗ろうとするところを巡査に捕まって、この精神病院へ入れられてしまった-----というような内容の物語になっています。

この「河童」という芥川の晩年の作品は、河童の国に仮託して、芥川の人間観、人生観を赤裸々に、全面的に繰り広げて見せたものです。

人生、社会、宗教、芸術、思想、文化一般を批判したばかりでなく、自分の死後の、諸々の関心事----死後の名声の事、全集の事、女性の友人の事、遺児たちの事まで、機知と諧謔まじりにシニカルに語っています。

この執筆時に、すでに自殺を決意していたであろう自分の"風刺的な戯画"なのだろうと推察出来ます。

この「河童」という作品には、自殺を決意している芥川の痛ましいまでの、"自己分析と自己冷笑"が込められているように思います。

芥川のこの晩年の状況は、ジョナサン・スイフトの「ガリバー旅行記」という作品が、最終的には、自分をも含めた人間全体に対する、嘲笑弾劾にまで突き進んだのと共通するものを強く感じました。

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