横浜のイメージとミステリーの融合
横浜のイメージと歌の歌詞
横浜やその周辺の神奈川県をイメージした歌というのは非常に多く、人によってはダウンタウンブギウギバンドの港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカを思い浮かべる人、サザンオールスターズの歌が思い浮かぶ人、色々あるだろう。
この作品の赤い靴にしても、青い目の人形にしても、横浜の歌として強烈なイメージがあり、事実横浜を訪ねるとお土産に赤い靴関連のお菓子などがかなりあるほどだ。
なんとなく赤い靴を履いた女の子が、外国人に連れていかれてしまったという内容の詞から、その女の子が青い目の人形を抱いているイメージなどもあったりする。人によってかもしれないが、どこかで青い目の人形という曲と赤い靴を混同したイメージを持っていたという人は、この作品の浅見の着想を目にした時に、自分もそうだと気づく人も多いと察する。
そういう誰も普段話題にしないが、実は結構多くの人が勘違いしているようなことに、着目する発想が見事である。読み手の側はシンパシーを感じやすい。
しかし、ちょっと夢のない事を言ってしまうと、赤い靴の女の子は静岡県の出身で、実は東京で病没した女の子がモデルになっており、海外に渡ったと思われたのも親の誤認であるという事実があること、
青い目の人形に至っては作中にあるようなフランス人形ではなく、キューピーちゃんをモチーフに作られた歌というのが本当の所らしい。双方野口雨情の作であるというところ以外は、作中は深い事実に触れられていないが、触れたとしても蛇足感が出るだけなので、内田氏もイメージだけを大事にしたのだろう。
容赦ない評価にドキリ
内田氏の作品には実在の施設などがそのまま出てくることもあるし、ちょっと名称を変えてあったりすることもある。一応、実在の人物や団体とは無関係、という断り書きもあるのだが
浅見が投宿したレトロなホテルについては、実在の物とは無関係と言っても、あまりに沿革だったり、とある文豪が○○という作品を投宿して書いたことで有名などが説明されてしまっていて、誰でもどこのホテルのことをモデルにしたのかわかってしまうようになっている。(作中は仮名になっているが、他の県にその仮名と同一名のホテルもあるので検索される人は注意されたい)
しかも、内田氏は基本的に、作中に出した施設などをべた褒めするということはしない場合もあり、浅見光彦の感想という体裁でかなり厳しいレビューを投下することもある(これについては浅見もたまったものではないだろう)
レトロホテルも、旅行サイトの星二つか一つのレベルのかなり手厳しい評価が作中ではされている。
実際はどうかというと、おそらく浅見が泊まった当時とは大分改修もされているのか、モダンな印象で、中には浅見同様の評価も散見されるものの、大半の人が最高評価をつけており、平均評価ポイントもかなり高いホテルであった。
最近では、文豪ゆかりで建物自体が文化的価値を持っている旅館やホテルは、その文化的遺産とサービスのはざまに立たされている建物も多い。浅見のような厳しい評価をする客も増えている。
もしかしたら、約20年前のこの作品の手厳しい評価が、サービスの改善に影響したのか?と思えなくもない。
個性が眩しい女性キャラ
正義を行ったが悪の組織によって葬られた父親の娘と浅見の淡い恋、この作品もこのパターンかと思いきや、そうではなかった。被害者の娘である浜路智子は、秋田殺人事件の石坂留美子とも被るところがあるが、テレビ局の同僚を殺害された藤本紅子のキャラクターは非常にその紅子の名に相応しいビビッドな印象を放っている。いつものパターンなら浅見と恋仲になると推測される智子が完全に紅子に圧倒されてしまっている感じだ。これは、智子が他作品のヒロインと立場が似通っているのに対し、紅子のようなキャラはいなかったことが原因だろう。
多くの作品を生み出すミステリー作家の作品では、ずっとシリーズ中出ているキャラやおなじみのキャラ以外は、個性が埋没してしまいインパクトが薄れてしまうことも多い。特に被害者や被害者の家族といったキャラは、読後忘却の彼方に行ってしまうのが大半である。
しかし、内田作品では、あの作品のあの子の方が浅見に合ってたとか、とにかくほぼ一見のキャラでもインパクトが非情に強い。浅見が恋に落ちたりある程度深く関わるからというのも理由だが、内田氏のキャラクターの性格付けが見事だからという点もあるだろう。
この作品では恋愛要素は非常に希薄だが、藤本紅子の人柄は、働く女性に共感が得られやすいキャラクターだろう。・
ややトリックとしては殺人動機が弱いか?
色々横浜の要素がふんだんに取り入られており、津軽殺人事件に出ていた多田警部の兄の多田部長刑事などの魅力的キャラと犯行の真相を探っていく展開は非常に興味深い。
しかし、読後としては、こんな理由で浜路やアナウンサーの山名を殺してしまう必要があったのか?最も殺してしまった背景として理由付けはされているものの、巧妙なトリックを解き明かした達成感というよりは、やや拍子抜けする結末と言えるかもしれない。若干殺害された者たちが殺され損してしまったような終わり方も、いいのだか悪いのだかわからない。強いていえば、犯人として怪しそうな人は序盤から出てくるのだが、ギリギリまで犯人が分からないので、ハラハラするような部分は楽しめる。
結末に大きな期待をするより、浅見の物事の分析力や着想を楽しむ、そんな作品である。
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