実際にあった事件への強い怒りと良心 - 秋田殺人事件の感想

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秋田殺人事件

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文章力
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ストーリー
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キャラクター
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演出
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実際にあった事件への強い怒りと良心

4.54.5
文章力
5.0
ストーリー
4.5
キャラクター
4.5
設定
4.5
演出
4.0

目次

現実に起こった事件をミステリーで取り上げる難しさ

社会派ミステリーというのは、時に実際にあった事件を参考に創作されることが多いが、この秋田殺人事件に関しては、殺人事件自体はフィクションであるものの、その背景となる秋田杉を使った欠陥住宅関連の事件は実際に社会問題になった事件がほぼそのまま取り上げられている。

実際にこの事件が秋田で起こったのは1998年である。どうも色々調べてみると、被害者の方々が欠陥住宅被害を訴える前の過程や、訴えた後も裁判を維持するための費用の工面などに相当ご苦労なさったことなどが浮かび上がってくる。本来訴えるべき会社が破産してしまって無くなったという事実も小説の通りであり、被害者の強い思いがなければ、泣き寝入りさせられていたであろうような事件であったようだ。

さらに、どうも報道機関が最終的にはあまり取り上げなくなってしまったようで、この事件が訴えから3年半後に、被害者たちが訴えた行政や第三セクターへの関連企業、役員に2億450万円の支払い命令がされてことで和解に至ったことは、あまり知られていないようだ。

この事件は、当然訴えられるようなことをする側が悪いのだが、本来訴えられるべき第三セクターが破産していることなどから、訴えられる側も本来この事件への関与が薄く、後処理を任された方が対応していた可能性があり、非常に小説化するにあたり扱いが難しかったのではと思う。

しかし、被害者の心情を汲み、訴えれた側にも誠意を見せようとした人がいたという構成にすることで、救いのある内容となっている。

報われぬ正義と浅見の敵討ち

内田作品は時に、正義を行おうとする人が口封じをされるという悲惨な出だしから始まる作品がある。この秋田殺人事件もそうだし、透明な遺書もそういう作品だと言える。

結果的には事件の真相を解明していく浅見の手によりその正義は引き継がれ、最終的には正義は勝つストーリー仕立てになっているのは救いなのだが、この物語がフィクションだからよいものの、亡くなった命は戻ってこないし、正直者はとりあえず浅見以外は馬鹿を見てしまうのかという点が虚しくもある。

最近は、長いものに巻かれない人が多くなり、組織の不正を勇気をもって内部告発する人も増えている。

このミステリーでは、石坂留美子の父親という悲惨な正義の犠牲者がいたからこそ、副知事の望月世津子と秘書に任命された浅見が悪事を暴いていくのが痛快でもある。しかし一方で石坂の死が焼身によるものという衝撃的なもので、読者には明らかに他殺だとわかるように描写されている。

なぜ石坂のような人が死ななければならないのか?という点においては、やはり釈然としない。ストーリーの完成度としては申し分ないのだが、「善を行う人間がひどい仕打ちに遭う」という点においてはいたたまれず、石坂が存命で望月世津子と浅見が石坂に助力するストーリーだったら良かったのにという、なんともいえぬ気持ちにもさせられる。

女性キャラが魅力的

この作品は、フリーで働く浅見が兄の意向で兄の後輩で秋田県の副知事に就任することになった望月世津子の私設秘書になるというユニークな設定になっている。

皮肉だが、母親から堅気の職業につかぬ居候として肩身が狭い、浅見がそういう身軽な職業についていたからこそ実現したと言っても良い。短期間とはいえサラリーマン浅見光彦の姿が見られるのもユニークだが、従うべき上司である望月世津子が非常に魅力的である。

浅見が殺された石坂の娘の留美子と親しくしている姿や、警察と一緒に秘密裏に事件の捜査を行っていることを、浅見を雇っている世津子が県議たちに苦言を言われ、それに反論するシーンなどは、誰もがこんな上司に仕えてみたいと思うかっこよさがある。浅見が世津子に抱いた、恋愛感情とは異なる女性上司への「思慕」という、人間としての敬意は、非常に共感できる。

また、被害者の娘、石坂留美子の屈託のなさも非常に印象的だ。彼女の明るさは、津軽殺人事件の石井靖子に近い家庭の匂いを感じる。靖子がお味噌汁なら、留美子はすき焼き。そんな温かさは、間違いなく彼女も、浅見の結婚相手の候補者となりえただろう。

留美子とは最後、とんでもない浅見の誤解によってうやむやになってしまうのが非常に悔やまれる。

肩書があることは自由か否か

浅見は普段、組織に属さない自由を満喫している。藤田編集長の仕事は浅見に合っているように思うし、前述身軽な職業だからこそ、兄の依頼に対応出来たり、事件に首を突っ込むこともできるのだ。

しかし、副知事秘書という組織に属した(と言っても、浅見の場合かなり普段の浅見のペースのまま仕事をしていたのだが)経験で、浅見は痛感することになる。

事件を捜査する際に、副知事秘書という名詞の肩書があるだけで、ルポライターよりはるかに動きやすかったというのも事実なのだ。肩書の強さというのを実感したに違いない。

浅見が堅苦しいと思っていた肩書が、与えてくれる自由もある。もしかしたら浅見は、この貴重なサラリーマン生活で、そんなことも実感したに違いない。

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