角田光代の新しい一面を発見できた短編集 - マザコンの感想

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マザコン

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文章力
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ストーリー
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キャラクター
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設定
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演出
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角田光代の新しい一面を発見できた短編集

3.53.5
文章力
3.5
ストーリー
3.5
キャラクター
3.5
設定
3.5
演出
3.5

目次

母親をキーにした短編集

「マザコン」という強烈なイメージのタイトルとは裏腹に、内容はそれほどショッキングなものではない。極端な仲良し親子とか、昔のドラマ「ずっとあなたが好きだった」のようなものではなく、それでもなにかしら普通ではないものを感じるような、全体的に気持ちの悪い仕上がりとなっている。しかし読み手側にその気持ち悪さは決してマイナス要因ではなく、むしろプラスに働くと思う。もちろん、ハッピーエンドやハートウォーミングを求める読み手には向いていないとは思うけれど、暗く思いものを好む読者にはぴったりではないかと思える作品だった。
そもそも角田光代の作品は、今まで読んだどれもがドラマ仕立てというか、全体的な浅い軽さがあるのは否めなかった。そのためさらりと読めるので嫌いな作家ではなかったけど、それほど好きというわけでもなかった。でもこれは、角田光代はこういう文章も書くんだと新たな発見ができたくらい、いままで読んだイメージとは違った作品だった。

角田光代作品のイメージを覆した最初の短編

この作品には、全部で8つの短編が収まっている。その一番最初が「空を蹴る」だ。読み始めて、この文章スタイルは誰かに似ていると感じた。村上龍だ。女性をキレイに書くのではなくて、鳥肌が目立つところを緻密に描写するような生々しさ。笑い方の奇妙さを的確に表現するグロテスクさなどが、村上龍の文章に似ているなと感じたところだ。
もっと単純に、セリフを囲むカッコがないところとか、句読点が少ないところとかももちろん村上龍に似ているのだけど、そのグロテスクさや的確な擬音が、どこか村上龍を思い出させたのだ。
もちろん表現やテーマの掘り下げ方、メッセージ性の高さは村上龍とは比較にならない(もちろん私見だけども)。それでも、細部を細かく描写する表現は、なかなか負けていないのではと思わせた。
ここに出てくる男女は言えば二人ともかなり気持ち悪い。結局何がしたいのか、どこに行きたいのか、行動の動機もわからないまま物語は進む。でもそれが妙にリアリティがあって、読み終わった後、しばらく自分も駅のコンコースに呆けて立っているような、そんな気がした。
この作品に比べて、あとの7つは確かに軽さは否めない。でもそれでも、今までの角田光代作品よりは、深さを感じさせる作品だった。

突然の母の海外移住、「雨をわたる」

これは少し面白い話だった。潔癖症で海外へ行ったことはおろか、飛行機さえもろくに乗ったことのない母親が、いきなり海外移住を計画し実行した話だ。当然残された子供たち(兄と妹で成人しているが)は、すぐ音を上げて帰ってくると予想し、そうすると母親は家を売って海外に行ったため、戻ってくるとどちらかの家に同居となることを心配している。
予想に反して、母親は海外での生活を満喫しているようだった。そしてその生活の様子を兄妹の妹のほうが確認しに母の元に行くのだが、母に出会ってからの彼女の苛立ちの様子が手に取るように分かった。
まず海外(ベトナム)に暮らしていながら、日本人ばかりと話しつきあう。食べ物も現地のものではなく、日本食スーパーや日本食レストランばかり。そして上っ面の自然の素晴らしさをうっとりと説くその様子は、まさに日本人に多いタイプで、相手が自分の母親だというからこそ、そのうっとうしさは倍増するのかもしれないが、普通の他人でもかなり苛立つ設定だと思う。
私自身何年か海外で住んだことがあるが、そこにもそういうタイプの日本人がいた。金に糸目をつけず高い日本食材を買い、日本人ばかりと遊び、現地の人とのつきあいをしり込みする。なのに、その場所をいかに知り尽くしているかのような顔をして、日本に電話する。その光景は苛立ちを通りこして滑稽でさえあった。
この作品は読みながらそんな苛立ちを思い出し、読み終えた後も、その時どれほどうっとうしかったことを思い出して、ストーリーとはまったく関係がないのだけど、読後感があまりよくなかった。
とはいえ、ベトナムのねっとりとした温度やスコールの描写は鮮やかで、映像的だった。吉田修一の「元職員」もタイの熱気が感じられるいい描写だったけれど、これも負けていないなと感じさせてくれる作品だった。

夫婦のことは子供でもわからないのか、「パセリと温泉」

突然母親が入院した。余命宣告されたわけでもないが、なにかとバタつく家族なのだけど、見舞いや家のことをするのは娘だけ。定年退職した父親はお茶を入れることさえできない、どうしようもない存在だ。
定年退職してからずっと家にいる父親に母親は苛立ちを隠せず、ほぼ毎日娘にその言動を嘆いていた。そうしながらの入院なので、母の病気の原因は父親にあるのではないかというくらい、母親にとってのストレスは何もできない動かない父親なのだった。
娘は悪態をつきながらも、入院中の母親の世話や、何もできない父親の身の回りの支度などをしてやり、母親の気持ちが痛いほど実感できる生活を送っていた。でも悪態をつきながらイライラしながら日々のルーティンをこなしているその様子、チャーハンを作り、お茶をいれ、洗濯物を取り入れといったそんな日々の日常がなんてこともないのに映像的に感じられ、どこか心地よささえ感じた。なにも大きなイベントなど起こっていないのに、優れた風景描写のおかげでついストーリーに入り込んでしまったところだ。
そんな仲が最低だったはずの両親が病院の外で仲睦まじく話しているのを娘は見る。二人とも娘が見ているとも気づかず、まるで若いカップルのように話していた。そんな二人を見たこともない娘は、まるで知らない夫婦を見たかの様な気がして、そして今まで自分が見ていたものは現実だったのかと混乱してしまうあたりは、私も同じような経験があった。見たのは親でもないし兄弟なのだけど、それでもかなり衝撃を受けたことを覚えている。
タイトルに「パセリと温泉」とあるように、娘は母親にレストランの食事に添えられているパセリは使いまわしだから食べてはいけないと、幼少期から教えられてきた。だから彼女にとってパセリはもはや食べ物には見えない。だけど、自分の見えているものは本当なのかを確かめるために、初めて彼女はパセリを食べる。その口の中に感じた「もさもさとした青臭さ」は、私も同じように口の中に感じることができたくらい、このラストは秀逸だった。
これも今までの角田光代のイメージを変えてくれた作品でもある。

男性目線で書くストーリーの違和感のなさ

作家の腕を感じるのは、作家自身の性別とは違う性別から見たストーリーが書けることだ。荻原浩なんか主婦目線のストーリーが何で分かるの!というくらいうまいし、奥田英朗もそうだった。どうして自分と違う性別目線でストーリーが書けるのか、どうしてそれがこんなにもリアルなのか、不思議に思うのと同時にプロの作家の想像力の素晴らしさに嫉妬してしまったりするのだが、角田光代も男性目線の作品をこの「マザコン」に収めている。
最初の「空を蹴る」もそうだし、タイトルにもなっている「マザコン」も主人公は男性だ。男性目線で出会う女を描き、妻を描いている。そのリアルさは私自身が女性だから実感はできないけれど、それでも違和感なく読み進められるところに、角田光代の器用さを感じた。
特に「マザコン」などは、確かにヒステリックで自分勝手な妻に辟易しているのはわかるけど、問題を解決しようとせず逃避してしまうところに男性の情けなさを感じる。それは不必要な説明でなく、この男性自身の言動で分かるところが良かった。
また浮気相手の女性を自分に都合のよい解釈でしか見ていない自分勝手さは、妻の自分勝手さに勝るとも劣らないことを自分自身も気づいていない。そしてその馬鹿さ加減は、妻の苛立ちの理由を読者にわからせてもくれる。
自分の逆の性別目線でここまで書けるというのは、やはり角田光代の想像力の素晴らしさゆえだろう。彼女の文章の良さを改めて再確認させてくれた。
今まで角田光代作品で読んだのは比較的軽めなものばかりだった。きっとこのまま月9のドラマにでもできるだろうと思うような、そんな印象のものばかりだったので、もう他の作品は読まなくてもいいかなと感じていたのは事実だ。だからこの作品を読んだとき、角田光代の新たな一面を発見できたような気がした。もっと他の作品も読んでみてもいいかもしれない。

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