「最悪」な状況に陥っている3人が紡ぎだすクライムサスペンス - 最悪の感想

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最悪

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「最悪」な状況に陥っている3人が紡ぎだすクライムサスペンス

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目次

3人の人生が絡まりあっていくストーリー展開

この作品は奥田英朗らしい、地に足のついた実直な文章力で書かれたクライムサスペンスだ。ストーリーは「無理」などのように、関係のない人たちの人生が交差する話だ。「無理」でもそうだったけれど、この登場人物たちの個性が実に豊かなのも特長だ。経営がうまくいっていない上に不況に追いうちを掛けられている川谷信次郎、人生に配られたカードがあまりにも悪いと嘆く野村和也、堅実な銀行で働く藤崎みどりは家庭の問題と上司のセクハラに悩んでいた。この全く関係のない3人がまるで引き寄せられるように出会い流されてしまうところが、奥田英朗の淡々とした文章も相まってリアルに頭に映像として浮かぶ。
またこの3人の抱えている悩みが深刻で、このうちの3人の誰が一番楽だというようなことがない。皆ぎりぎりで生きているようなところは、読んでいて胸が苦しくなるくらいだった。
ちなみに奥田英朗の作品で他にも「邪魔」「無理」と漢字2文字のタイトルがあるけれど、特にこの3作のストーリーにつながりがあるというわけではない。

鉄工所社長 川谷信次郎の場合

彼の経営する小さな鉄工所は、毎日ぎりぎりの経営状況だ。小さな単価仕事さえ無視できずに土日さえ親会社に出かけていかねばならないような工場だ。しかも最近その周りに住む住民から工場の出す音に対して苦情が持ち込まれてきたのだ。このあたりの展開は実にうまい。必死で作業服を汚しながら働く信次郎に対して、住民代表はエリートサラリーマンだ。高そうなスーツに身を包み、理詰めで信次郎を追い詰めるその口調は読んでいて本当に腹がたった。親会社の子会社の都合など考えない発注に応えようとするならば5時以降の残業はもちろん、土日さえ無理をしなければならない。なのにそのエリートサラリーマン太田は杓子定規に月あたりの残業時間まで指定してくる。腹が立つのは、そのマンションは信次郎の営む鉄工所よりも後に建ったということだ。いわば後から来た新参者なのに当たり前のように要求してくるその無神経さが、読むにつれて腹立たしさよりもどこか異星人のような、どこまでも理解のできない違う生き物のように見えてきた。
しかしこの太田はもちろん腹立たしい存在ではあるのだけど、登場人物としてはいなくてはならない存在だ。太田の存在のおかげでエリートサラリーマンと町工場のしがない社長というコントラストも見えてくる。また太田の冷静ながらも居丈高で理詰めでくるその話し方は、信次郎を混乱させるのに十分だ。対応したことのない相手にどう話せばいいのか迷っているうちに相手の思うツボになっていくところは、読んでいてハラハラするのと同時に深く同情してしまった。
話に流されてしまい大きな機械を搬入することになってしまったところも心配した。きっと信次郎の妻の春江もこんな気分だったに違いない。

もがいても中々浮かび上がれないチンピラ 野村和也の場合

和也の人生も毎日ぎりぎりだ。他に選択肢がなくチンピラになってしまったような若者だ。パチンコで生計を立てるその日暮らしだった彼だったけれど、ある日慣れていたはずのトルエン強盗で思いがけないトラブルに巻き込まれてしまう。和也の相棒だったタカオのミスのせいでヤクザに追われることになってしまったのだ。事務所に拉致された2人は殴られ蹴られ、散々な目にあう。このあたりの描写は実にリアルで怪我のようすも痛々しく、奥田英朗の文章力を少し恨むくらいだった。和也がヤクザに暴力を振るわれるのはなにもここだけでない。ヤクザにケジメをとるためにタカオと2人でやった金庫泥棒も結局タカオに裏切られてしまい、再度ヤクザに捕まる羽目になる。この時は恋人のめぐみも一緒にだ。ここの展開も奥田英朗の文章力のせいで頭にすぐ映像で浮かぶので、読む進めるのがつらいくらいだった。
タカオに裏切られながらもまた信じてしまい、もう一度裏切られた時和也はどう思っただろう。一度目に裏切られたときよりも、どこか諦めのような静かさを感じたのが印象的だった。
中盤あたり、もがきながらも必死で生きる和也のつぶやいた、「人生に配られたカードが悪すぎる。悪すぎるならそれで勝負するしかない」という言葉が強烈に記憶に残っている。
和也の回りで行われる色濃い犯罪や暴力の描写に、奥田英朗の今までにないシリアスで重い雰囲気を感じた。

家庭の問題もセクハラの問題も抱えた藤崎みどりの場合

母親とは血がつながっていないとは言え、みどりは比較的円満な家庭で育っている。異母妹のめぐみは高校を中退後フラフラしておりそれを心配している母親のため、自分だけは心配かけないようにしようと悩みなどを見せないようにする癖がついていた。勤め先は銀行という堅実ながらも退屈な毎日で単調な生活をしていたところ、思いがけなく上司からセクハラを受けてしまう。
奥田英朗がうまいなと思うところは、女性目線での文章を書けるところだ。異性であるはずの心境をどうしてここまでリアルに書けるのだろうと、作家の想像力のすごさを感じてしまうところだ。
この藤崎みどりの話もそうだ。セクハラに憤りながらも謝ってもらえさえすれば、という弱さ。女を軽く見たような発言の連続の上司たちに対する怒り。そういったものが実にリアルに書かれていて、どんどん読み込んでしまった。
ともあれ、セクハラ対応に動こうとしない男たちの自分勝手な言動には腹が立つ。そもそもセクハラした張本人はその銀行の支店の支店長であり、そのような立場のものがそういうことを行うということは、もみ消すことができるという自信ゆえからなのだろうか。
この支店長、銀行強盗にうっかり信次郎の金を差し出そうとしたことで完全に失墜してしまうのですっきり感はあるのだけど、できたらセクハラを解決したことによってのすっきり感が欲しかったところではある。
和也とともに拉致されためぐみはみどりの異母妹だ。今まで理解しえなかった二人だけど、銀行強盗をした2人に巻き込まれたことで結果助け合えるようになったことは、不幸中の幸いだったかもしれない。
しかし、めぐみの幼い反抗心は普通ならもっとイライラして読んでもいいのかもしれないけれど、不思議とそんな気持ちが沸かなかった。それは奥田英朗の文章に“そう思わせよう”といった含みがないからだと思う。

銀行強盗の末の不器用ながらも穏やかな解決

和也とめぐみの銀行強盗に巻き込まれた形の信次郎とみどりが、みどりの会社の保養施設に逃げてきた時のみんなが“これからどうしたらいいのかわからない”感がすごかった。映画ならかなりいいシーンになると思う。信次郎が邪魔と判断して殺そうとした和也、そして自分の中に浮かんだ殺意にひるむところもかなりリアルだった。結局殺すことはできなかったのだけど、一度“殺そうとして”首を絞めた手の感覚を彼は一生忘れないだろう。そしてこのことは和也が根っからの悪人ではないことも思わせる。
また最後の、和也を追っていたヤクザまで乱入して収拾がつかなくなったところに警察が流れ込んできてのラストは、ドタバタしながらもスピーディ感があって好みだ。
事件が終わり皆がそれぞれの日常に戻ったところも書いてある(「無理」はそれらを想像させるような終わり方だった。それはそれで好きなのだけど、登場人物のいわゆる「その後」を読むのも静かな気分になって好きだ)。和也は刑務所。しかしその厳しい規則的な生活の中で不思議な穏やかさを感じていた。タカオとは違い、本当の友達ができそうなところも良かった。
一番ほっとしたのは信次郎の行く末だ。仕事を失い借金を背負い、これからどうしていくのだろうと思っていたのだけど、ちゃんと社会に復帰することができた。パニック症候群のような後遺症はあるけれど、死ぬしかないと思っていたことを思うと相当ましだろう。一連のゴタゴタのせいでかかわりたくないのか太田も引き下がったし、めぐみは新しい職場でのんびりと働けるようになったし、事件のおかげで皆の問題が潮がひくように解決した穏やかなラストだった。

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