どこにでもある日常がかけがえのないものであると気づかせてくれる、夫婦脚本家の対談・エッセイ
二人三脚、持ちつ持たれつの夫婦脚本家のきずな
この本を読んでまず意外に思ったのは、彼らが私が想像していたよりも年配の、五十代と六十代の夫婦だったことだ。だが、一般的に五十代、六十代の人たちと話していて感じるような、昔ながらの因習にとらわれた、頭の固い感じは一切ない。
夫婦での脚本の作り方は、妻のかっぱさんが主に執筆を手掛けるのに対し、夫の大福さんは常に情報収集して、かっぱさんが行き詰ったときに必要な情報を取り出して状況を打開する、という流れになっているそうだ。対談の中でも、大福さんは品格という言葉の起源や、歌謡曲の歌詞、落語の一節などを語り、蓄積された膨大な知識、またそれを瞬時に取り出す頭の回転の速さを披露してくれている。
夫婦の会話からは、お互いを大事に思い合う気持ちがあふれ出ている。
夫の大福さんは2004年に脳出血を起こし半年間入院し、その後妻のかっぱさんに介護されながらリハビリを続けていたそうだ。そのことを一生かけても返せない、と言う大福さんに、かっぱさんは恩は来世で返してくれればいいと言う。来世でもまた夫婦になりたいと思えるなんて、なんてうらやましいと思ってしまった。共同執筆というと難しそうに感じるが、お互いを思い合うこの夫婦だからこそ、観た人をほっとさせる、暖かいドラマが作れるんだなと合点がいった気がした。
仕事に対する徹底的なこだわり
木皿泉は遅筆で知られる脚本家だそうだが、それも作品に対するこだわりの強さゆえんだろう。対談の中でも、かっぱさんの仕事に対するこだわりが随所に見られる。
映画の話を持ち掛けてきたプロデューサーに、話し合いが決裂した後に「レベルが違い過ぎましたね。そちらが低過ぎてうちが高過ぎた」と言ってのけたというのも、自分の仕事は適当なやっつけ仕事ではない、徹底的にこだわり抜いて作り上げるものであるという自負あってのことだろう。
かっぱさんは、脚本を書くときは常に型にはめようとするプロデューサーと戦っているという。
ドラマを作る側からするとやりにくい相手だろう。だが、それでも一緒にドラマを作りたいと思わせる魅力が木皿泉作品にはあるのだ。
木皿泉脚本のドラマは、時代を超える。一度見ればそれで満足して終わりというドラマではなく、何度も繰り返し観たくなる趣がある。登場人物のセリフが心に響く。「こんなもんで、ええねん」と戦い続ける職人気質が、量産されるものとは別次元の深いドラマを作り上げているのだ。
家族の在り方に対する問題提起。木皿泉ドラマの中の新しい家族の形
元々なかったものを維持するのには努力が必要、というかっぱさんの言葉は、これまで私の心の中でもやもやとしていたものをはっきりと形にしてくれている。
例えば選挙権。戦後は当然のように国民に与えられ、我々は当然あるものと思い軽視し、そして今の低い投票率ができあがってるわけだが、とんでもない話だ。選挙権は、先人たちの血と涙の努力によって勝ち取ったものだ。それをないがしろにするのは、なくてもいいと言っているのと同じことだ。
「投票しないのなら選挙権いらないんですね。」とある日突然選挙権を取り上げられ、徴兵制が復活しても、選挙に行かない人には文句は言えないはずだ。努力して、自分の持つ権利を守ろうとしなかったのだから。
家族についても同じだとかっぱさんは言う。一緒に住むということは、強い意志が必要なのだと。
木皿泉脚本のドラマでは、一般的でない家族の形が描かれている。
『昨日のカレー、明日のパン』では、主人公の女性は7年前に亡くなった夫の父親と暮らし続けているし、2016年のお正月に放送された『富士ファミリー』では、その逆版とも言える、亡くなった妻の叔母や姉と生計を共にする男性が描かれている。『すいか』では、ハピネス三茶の住人と管理人が朝晩食事を共にし、疑似家族のような関係を作り上げている。
一般的な形の家族ではないが、これらに描かれた家族は強いきずなで結ばれていて、観るものに「血のつながった家族でもこんな結束力は持てないかも」と軽い羨望を抱かせる。
だが、そもそも「一般的な」家族も、もともとは他人同士が結びついて出来上がったものだ。家族というものが何の努力もなしに維持していけると考えている人は、家族の自分以外のメンバーに多いに負担を強いているはずだ。
木皿泉は対談で、そしてドラマ作品の中でも、家族の在り方に対して問題提起し、家族という形態でなくても、安心して身を寄せることのできる場所があることの大切さを訴えかけてくる。
今日のつづきはまた明日、明日のことを思う幸せ
木皿泉のドラマを観ると、なんでもない一日が少し輝いて見える。生きていくのは決して楽なことではないが、こんな人生も悪くないのかも、と思える。
この本の中には、そういうドラマを作り出した人たちらしく、深刻になり過ぎないように人生を楽しむヒントが散りばめられている。
一日の終わりに、それが例え失敗や落ち込むことの多かった一日であったとしても、この本を手に取ってパラパラとめくれば、それもありか、とその日を肯定できる。今日が明日に続いていく、そんな当たり前のことが内包する幸せに気づかせてくれる一冊だ。
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