ありとあらゆる状況を想定して書かれたたくさんの手紙 - 作家の手紙の感想

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作家の手紙

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ありとあらゆる状況を想定して書かれたたくさんの手紙

2.52.5
文章力
3.0
ストーリー
3.0
キャラクター
2.5
設定
2.5
演出
2.5

目次

総勢36人の作家が書く手紙

このような本は読んだことがなかった。何人かの作家が共通したテーマで短編を書くアンソロジーのようなものは読んだことがあっても、36人もの作家たちが集うような本は読んだことがなかったのだ。
テーマは違えど手紙という形をとって何かを伝えるその文章は、それぞれの作家たちの個性によってそれぞれ全く違う雰囲気をまとっている。そのまま「手紙の用例」に使えそうなものもあるし、OLが居酒屋で愚痴を言い合うような軽いものもあるし、高校生が授業中に回す手紙のようなかわいらしいものもある。そういうのを読むのはとても楽しいものだった。
普段アンソロジー的なものを読むときは、大体新しい作家に出会いたいという気持ちからだけれども、今回は手紙という形をとっているだけあって、一つ一つがとても短い。長くとも3ページほどのそんな文章でその作家を判断するのはかなり無理があるので、今回はそういう出会いはなかったけれども、少なくともそれぞれの作家の個性を感じることはできた。
だけど36人といえば相当のものだと思う。表紙に書かれた36人の作家の名前を眺めるだけで、しばらく時間がつぶせそうなほどだった。

不倫の末去っていった恋人に当てた手紙

この手紙はこの本の一番最初に収められている。不倫の末、別れることになった女性が相手に送った手紙だ。不倫だからといって、生臭いドロドロとした恋愛ではなく、いかに好きという気持ちだけだったかということ、どれほど好きだったかということ、何も求めないのがどうしてそれほど不思議なのかといったことが淡々と書かれている。しかもその文章の合間にはまだ相手のことを想っているような雰囲気があって、おそらく相手にもそれを一番に伝えたいのだろうなという印象を受けた。
がしかし、手紙の最初に書かれている、“ただ外は雪が降っている”という情景をここまでロマンチックに書くことができる女性は、いささか面倒くさい女性ではないだろうか。終始美しい言葉で文章を埋め、ラストもどこかしら架空の虹を儚く書いているところにもあざとさを感じる。最初から最後まで悲しい恋に酔っているようなその文章は、少し空恐ろしい。この作家がそれを意図的に書いたのかどうかはわからないけれど、恋の終わりの話とはいえ、若干ホラー風味に感じた手紙だった。
そもそも“見返りなどいらない”“奥様に無言電話などかけない”などと言いながらも、この手紙は相手に送りつけるのだろう。そう考えると、少し寒くなる話だった。

意外な設定の“別離”の手紙

二つめの別離の手紙は、相手に自分が人間でないことがばれてしまって出て行かなくてはならなくなったものの話だ。それこそ「日本昔話」のような話だけれど、そこに日常生活というリアルが入り込むことによって、すこし不思議な風味に仕上がっている手紙だ。
こういう意外なものは個人的に好みだ。そして人間でなかったことがばれたのはわかったけれど、実は何だったのかはこれだけではわからない。「日本昔話」なら鶴とかきつねとかだろうけれど、それも面白い。またこの手紙を書いた本人が、相手のことを「おまえさん」と呼ぶのも“昔話感”を出していて良い。
物語が一気にリアルを帯びてくるのは、舞台が昔々、で始まるような昔でなく、現在だからそう思うのかもしれない。少し間抜けながらも哀しい手紙だった。
また最後まで子供たちや夫を気遣っているさま、冷蔵庫にしまわれたコロッケや肉じゃがの残りがなんとも切ない終わり方だった。

恋の手紙とは思えない重厚な仕上がり

この36人の中に菊池秀行が入っていることに驚いた。菊池秀行は私が中学生の時に「バンパイアハンターDシリーズ」などで夢中になった作家だ。彼が書いた手紙は「魔界都市<新宿>」を彷彿とさせるような舞台で、またその重々しいタッチも昔のままだった(なんなら昔よりも重くなったようにも思えたくらいだ)。
恋の手紙という枠に収められたこの手紙は、一見したら恋の手紙とはとても思えない。生まれかわってもその都市・新宿に執着しているのだから、恋というものではないかもしれない。だけれどいつでもそばに結びついていると感じるその様は確かに恋のようだ。
しかしこの手紙を書いた本人がなにものかはわからない。バンパイアのように不老不死の生き物なのか、はたまた別のなにかなのか。手紙という形ではありながら、短い新作を読んだような気分になる作品だった。

安定の面白さ 奥田英朗

みなきちんと真面目に書いている印象のある手紙が続き(しかも菊池秀行の後ろである)、奥田英朗のちょっとふざけたような、精一杯真面目な振りをしているけど絶対面白がってるだろう手紙がかなり笑えた。
断りもなく自分の作った大長編小説を一方的に送りつけてきて添削をしろという迷惑千万なファンを、丁寧に褒めちぎった挙句、自分は目が悪くて何も見えないので、お世話になっている編集者に送っておいたと一見親切に見えるこの行為は、嫌なものを嫌な相手に受け流した感じがしてとても気持ちがよい。恐らくはこの編集者も彼は嫌いなのだろう、ご丁寧に連絡先までつけてあげているところからそれが垣間見える。面倒くさいものをうまく嫌いな相手に労せず押し付けているこの感じがイヤミもなくて、ただただ面白い。“目が見えない”などという明らかな嘘も明らかすぎて悪気が感じられないところもよい。
短いながらも奥田英朗らしさを味わえた作品だった。

文例に載せたいくらいのお手本手紙

“苦情の手紙”と“催促の手紙”の中にあるものは、どちらも言いにくいことを言わなければならないときに読んだらお手本になるのではないかというくらいの教科書のような手紙だった。だからこそ逆に面白みがない。けれどその面白みのないのが面白い。
“苦情の手紙”の中の一つ、隣の家の木の枝がこちら側に張り出してきて邪魔なので切って欲しいというお願いをするのに、一体どれだけの枚数の手紙を重ねないといけないのだろうか。しかも読むとお隣とは比較的仲良くしている感じもあるし、それなのにここまで遠回りに言わなくてはならないところに“ママ友”とか“ご近所つきあい”のややこしさと面倒くささを感じさせる。
背景を想像するとなんだかこちらまで窮屈な思いをしてしまうくらいリアルに嫌な手紙だった。ここまで嫌さを感じさせるのは作家の手腕かもしれない。森絵都という人が書いたこの手紙は、なかなかのドロドロした見たくないものを感じさせる手紙だった。
もうひとつ“催促の手紙”。要は友人に貸した一万円を返して欲しいのだけど、直接的に言わずに、まず自分も借りていたものを返し、その上でというやり方のスマートさというか計算というか、もちろん借りっ放しの方が悪いのだけど、ちょっと遠まわしすぎて嫌な感じがした。それにこの書き方だと勘の鈍い人だと返してくれと言われていることに気づかないかもしれない。それくらい遠まわしすぎて、そういう意味では日本的な催促の手紙のお手本のような手紙だった。
これは有栖川有栖という作家が書いたものだった。前述した森絵都も有栖川有栖も両方聞いたことはある程度で、作品は読んだことはなかった。この二つの手紙のおかげで少し興味を持った作家でもある。

全体的に軽い出来と思いながらも、つい読みいってしまう

この36人の作家が書いた36通の手紙には、前述したように高校生が授業中に回すような幼いものから、雑談のような軽さをもっているものなど様々である。また一つ一つが短編というにしても短すぎるくらい短いので、好みでない文章は簡単に読み飛ばすこともできるので、あっという間に読んでしまった。
若干仕上がりは軽さを感じることは否めないにしても、それでもいくつかの手紙はふと読みいっていまい背景に思いを馳せてしまうものもあった。
この本には読み応えというようなものはなかったけれど、一つ一つ小さな場面を想像する楽しみだけでも価値があったかなと思える作品だった。

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