美しく哀しい鎖に縛られた3代にわたる女性たち
3つの話が同時進行する展開
この「花の鎖」は湊かなえらしい魅力に溢れている。全体の構成としては3つのストーリーが同時に進行していくのだけれど、それぞれの主人公たちのつながりとその関係が分かると同時に、今までより余計にストーリーから目が離せなくなってしまう。大体話の結末が見えてしまったり、そうでなくとも全体的なストーリーの峠を越えてしまうとその後加速度的に内容がつまらなくなってしまうときがあるけれど(それは映画でもよくある)、今回の作品においてはそれは全くなかった(ラスト以外)。3人のつながりが全く分からないときでさえ、巧みな心理描写で主人公たちの気持ちに十分感情移入してしまっていたのに、その3人の関係が分かるという物語の“峠”を越えてさえ、まだ読者の気持ちを離さないストーリー展開はさすがと思った。
また、タイトルの「花の鎖」は初めて見たとき、いささか古すぎるセンスではないかと思った。そこはかとなく漂う昭和臭というか、場末のスナックのような、そんな印象を受けたからだ。しかし読み進めていくと、これ以上ないタイトルだと思う。“連鎖”でもいいかもしれないけれど、それだと少し言葉の力が強すぎるかもしれない。そう考えるとこの「花の鎖」は実にいいタイトルだと読み終わったあとに思った。
悩みで押しつぶされそうになっている 梨花
梨花はこの「花の鎖」で一番最初に登場する女性だ。現代に生きる女性の悩み以上の悩みに押しつぶされそうな印象を受ける梨花だけれど、どこかしらそこには意地のような強さも感じられる。それがどこから来ているのかわからないけれど、女性らしい色気を漂わせる女性がシルクだとすると、梨花は洗いたてのコットンのようなそんな感じがするのだ。所々にそのような描写があるのでそれなりに綺麗な顔立ちをしているのだと思うのだけど、一切それを磨こうとしていない。いつも怒りを胸に抱いているような、そんな女性だと感じた。
家に送られてくる豪華な花束の謎を今更解こうとしているのも、物事にこだわりを持たない彼女らしい。そしてその花束が贈られてくる理由は、この時点では全く想像がつかないものだった。この理由も読み手が想像する範疇の上の上を行く。だから読んでいていい意味でどんどん裏切られることとなる。そしてこのような“いい裏切り”は読書の楽しみの一つでもある。
また梨花の気の強さを印象付ける、喫茶店での秘書との会話が実に爽快だ。怒っているのだけど、冷静さを失わずに最後まで丁寧ながらも自分の言いたいことを全部話して相手をやり込めるあの爽快さ加減は自分が絶対出来ないことでもあるので、すっきりするのと同時にうらやましくも思ったところでもある。この怒り方は村上春樹「海辺のカフカ」で大島さんがフェミニスト相手にしたときのことを思い出させる。あの怒り方も個人的には理想的だ。
おっとりとしながらも激しさを秘めた女性 美雪
彼女の話口調は、湊かなえ作品ではよくあるものだと思う。一番最近読んだものでは「物語のおわり」のパン屋の娘にそっくりだし、「母性」でもこのような口調の女性がでてくる。この口調はよくも悪くも癖があるもので、だから逆に話し手の性格などが見えないところがある。だからこそそれが知りたくて先が気になり読み進めてしまうのかもしれない。
美雪は想っていた相手がお見合いの相手で、とんとん拍子に話が進み、幸せすぎて怖いくらいの結婚生活を送っている。友達にはのろけているつもりでなくとも十分のろけだと言われるその様は、美雪はおっとりとしていて世間知らずなような印象を受ける。その印象は間違ってなかったのだけど、陽介に図面を盗まれた和弥のために事務所に乗り込んでいく様は思いがけない強さだった。もしかしたら彼女はこういう女性だったのかもしれないと思ったりして、そのギャップが読んでいてとても面白いのだ。一番ギャップを感じた女性がこの美雪だと思う。そして一番気の毒に感じたのもこの女性だ。
話は変わるけれど、美雪と和弥の関係は、「物語のおわり」の絵美とハムさんのそれを感じさせる。男性が大人で保護者のような役割で女性はまるで子どものように無防備で無垢な関係は、確かに恋愛の理想のひとつではあるけれど、読み手としては若干物足りなさを感じてしまう。というより、高校生の時なら憧れても大人になった今では憧れる恋愛ではないというほうが正しいかもしれない。時代背景は「物語のおわり」の絵美とハムさんも「花の鎖」の美雪と和弥も2、30年前に生きた人物だし、当時はこのような恋愛事情だったのかもしれない。もしかしたらそういう時代背景をも感じさせる設定なのかもしれないと、今更ながら感じてしまった。
心の傷をもう一度えぐられた女性 紗月
さっちゃんという愛称からはなかなか想像できない名前だったことが印象的だった。彼女は梨花ととてもよく似ているところがある。怒りを心に抱えたまま生きていることにおいては梨花よりも上だと思う。それもそのはず、これ以上ないと思うほど愛していた恋人をこの過去の因縁ゆえにあきらめざるを得なかったのだ。なぜこの家に生まれたのか、それさえも呪ったはずだ。
吹っ切れた頃にもう一度その傷を直視させられる出来事が起こる。恋人だった浩一は自分の親友であった希美子と結婚しており、しかも浩一は白血病で苦しんでいるというのだ。韓国ドラマのような設定ではあるけれど、そこにはなぜかしら妙なリアリティがある。それは2人の愛情を確かめる言葉だけでなく、2人の心理描写の方に重きを置いているからかもしれない。ただ恋愛に酔ったような場面ばかりならベタな少女マンガの延長から出ることはないけれど、二人の心理を緻密に表現することでリアリティが存在してくるのだと思う。
以前2人の先輩が同じ病気にかかったため、2人して白血球タイプを調べた過去がある。そしてそのタイプが2人とも同じだった。その結果2人は遠い親戚だったことが分かったのだけれど(これについては気になるので後述したいと思う)、それは2人の熱情を燃え上がらせるに十分だっただろう。なのに、過去の因縁のためにその愛をあきらめないといけなかったとしたら、いたずらにそんな運命を感じさせる出来事などなかったら良かったにと思っただろうと思う。
浩一もまた同じ白血病になったことで、紗月はドナーになってくれと希美子に懇願される。元恋人と母親との間で引き裂かれそうになっている紗月もまた、鎖に絡め取られている人間なのだと思った。もしかしたら彼女が一番強く鎖に巻きつかれた人間なのかもしれない。
過去を紐解いても鎖が残したあとは消えない
和弥の死の原因は最後まで卑怯なままだった陽介にある。そして和弥の死の直前に身ごもった美雪は紗月を生む。陽介の子供が浩一で、紗月は父親を殺した息子とは付き合えないと別れる。とここまではよく理解できたのだけれど、浩一と紗月が遠いながらも血縁関係だったという話は必要な設定なのだからもう少し詳しく書いてほしかったように思う。美雪と母親の関係はその時初めて出てくる話で、それまで美雪にはいささかお嬢様のような印象しかなかったため、母親と確執があるようにも思えなかったからだ。だからこの確執を生じさせたエピソードの一つや二つ随所に散りばめていてくれてたら伏線としてもっとストーリーが広がったのではないだろうか。もしかして2回目に読んだときにそのような発見があるのかもしれないが(時々そのような、前読んだときに気づかなかったことに気づくような経験がある。それは少し得した気分になる経験だ)。
しかしここにきてラストがかなり残念な展開を迎えてしまう。「花の鎖」を生み出したのは陽介とその妻の自分本位で自己満足なエゴの域を超えないし、和弥の孫に会っても尚、その高慢な態度を変えない妻には嫌悪感さえ覚えた。事故の詳細も、花束の理由も明らかになった。だけどここまで浮き沈み激しく展開も早くストーリーが進んできたからそう思うのか、このラストにはかなり物足りなさを覚えたのだ。なんとなくいい話的に終わっているけれど、もっと別の終わり方があったんじゃないか、そう思ってしまうラストだった。個人的にはこんな肩透かしされたような終わり方でなく、もっとすっきりしたラストのほうがあっているじゃないかなと思った作品だった。
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