これまでにないサバイバルの中で描かれる人間模様が見どころ
新たなサバイバルが描かれている
これまでのサバイバルの話といえば、ライフラインが途絶え、食料品や生活物品の買い占め、盗み・騙しといった犯罪が起こり、人々が一瞬にしてパニックに陥ることが多い。
しかし、この作品では、登場人物は13人。主人公の周囲から人が消えたが、まだライフラインも止まっておらず、食料などもある状態から始まる。物語が進んでいくにつれ、徐々にパラドックスの中の世界の状況が理解できてきて、時間が経つにつれて、食べられる物が減ってくることやライフラインが使えなくなっていくこと、天災が増えて安心して身を寄せるところがないことが判明する。
パニック状態になり、人間の本質が見えてくるのは、他の作品でもみられるが、この作品では、自分たちは元の世界では死んでおり、この世界で生きていくことが非常に困難であるということを知らされる絶望感が他の作品にはない衝撃であった。誰もが絶望を感じる中、パラドックスの中で人類を繁栄させようと考える誠哉と再度起こるP-13現象のために命を絶とうとする人たちの葛藤や不安が詳細に描かれているのが、読者に先を急がせるスピード感のあるストーリー展開であったと考える。
すれ違う兄弟
主人公の冬樹は、学歴や考え方の違いから、兄・誠哉に対して以前から劣等感を抱いていた。この異常な世界でも、生存者が助かる最良の方法を冷静に考え決断し、周囲からの信頼も厚い。一方、冬樹は感情的で、そんな誠哉とはしばしば意見がぶつかり合う。感情に動かされやすい冬樹だが、その行動力で誠哉にはできなかった行動を起こし、人を助ける場面もあり、2人でこの世界にきてしまったことについて話す機会もあり、2人のわだかまりが少しずつ解消される様子が描かれている。最後は生き残るかP-13現象にかけるかで、2人は別の道を歩むことを決めるが、冬樹は命を絶つ時間を誠哉の時計を頼ることを決めたあたりに、これまでの物語の中で2人の心情が冒頭の犯人逮捕に失敗したときとは別のものになっていることが伝わってくる。物語の最後の数ページで、現実世界に戻ってきたときの様子が描かれている。現実世界に戻った冬樹は、パラドックスの世界でのことを全く覚えていないが、殉死した誠哉への尊敬の気持ちが描かれていることから、潜在的な意識から誠哉への思いが変わったことを示している。
社会の縮図が見えてくる
13人それぞれが、赤ん坊から老人まで各ライフステージに分かれており、職業も学生、主婦、会社員、医療関係者、暴力団関係者、警察官などで、同じ職業であっても、上司と部下となっており、境遇が重なっている人がいない。加えて、男女比に大きな偏りがないことから、社会の縮図を読み取ることができる。それぞれの言動は、そのライフステージ、職業、性別の特徴的なもので、それぞれに得意分野や苦手分野があり、人間には誰にでも社会的・生物学的な役割があるのだということを垣間見ることができる。
また、善悪の区別が白紙になってしまった世界において、食料の分け方や性欲のあり方など様々な局面で、ルールを作ることの難しさやその世界の条件で生きていくために必要なことや諦めなければならないことを決断していく姿に、民主主義のあり方や国家ができるまでの構図が見える。
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