人生を変えたいという願望をテーマにしたミステリー
誰しもが感じたことがある平凡の虚しさ
西村京太郎氏の作品の導入には、色々なパターンがあるが、この作品は誰もが一度は考えたことがある、一日くらい羽目を外してみたいという願望が物語の始まりになっている。
同じような導入に、同じく西村氏の作品である「奥能登に吹く殺意の風」がある。この作品も、十津川の部下である北条刑事が、警察を辞めようか?と思ってしまうほど仕事に達成感を失ってしまい、休暇を取る。
本来は平穏無事、判をついたような生活こそが幸せなのかもしれないが、時に人は日々のルーティンに疑問を持ったり、自分の仕事の意味、生きている意味、今まで考えもしなかったことがふと頭をよぎって、このままでいいのか?と考えることがある。
この作品の登場人物、サラリーマンの酒井も、仕事をずる休みしてみようと思ったのはほんの出来心だった。それがとんでもないことに巻き込まれるきっかけになってしまったのは気の毒だが、誰もが抱いたことがある葛藤が導入に描かれることで、非常に展開にシンパシーを感じる。
西村氏は西伊豆好き?
西村氏は数多くのミステリーを精力的に現在も発表しているが、伊豆の中でも西伊豆を舞台にした作品が多い。十津川警部西伊豆変死事件、西伊豆美しき殺意、汚染海域など、西伊豆がテーマになった作品は多くある。この作品では下田が本来は事件の拠点なのだが、犯人がアリバイ作りに西伊豆を観光し、その詳細が描かれている。西伊豆は近年、船などの交通網が沼津から出なくなったことや、電車などの交通網がないことから、陸の孤島化しつつある。
名所は沢山あるのだが若干観光客の足が遠のき気味の昨今、ミステリーで名所を取り上げてもらえるのは、西伊豆の観光地では有難いに違いない。幸い、本作では血なまぐさい事件現場ではなく見どころのある観光地として描かれている。
あの人になりたいという願望
雑談の中で、もしあいつに生まれ変わったらどうする?など、ありもしないことを話題にすることはよくあることだ。また、芸能人の誰それに生まれ変わったらどうしようなど、妄想したりすることもあるだろう。この作品では、その妄想を現実にしてしまった女の末路が描かれている。
自分が自分である以上、他人の人生は歩けない。歩こうとすれば無理があり、背負わなくていい相手の人生のいい所ばかりではなく悪い所も背負わなければならない。そんな単純なことを考えず、目先の欲だけで人生を変えた結果、待っていたのは最悪の結末だった。ミステリーという体裁で描かれているが、この作品は非常に教訓めいており、なんといっても自分自身が一番いいという明るい亀さんの一言が、殺伐とした作品にほっとするような温かさを醸し出している。
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