鬼才ロマン・ポランスキー監督がレイモンド・チャンドラーとロス・マクドナルドにオマージュを捧げた、ハードボイルド映画の傑作 - チャイナタウンの感想

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鬼才ロマン・ポランスキー監督がレイモンド・チャンドラーとロス・マクドナルドにオマージュを捧げた、ハードボイルド映画の傑作

4.54.5
映像
4.5
脚本
4.5
キャスト
4.5
音楽
4.5
演出
4.5

ポーランド出身の鬼才ロマン・ポランスキー監督が、ロバート・タウンのオリジナル脚本を元に、レイモンド・チャンドラーとロス・マクドナルドにオマージュを込めて監督を手懸けたハードボイルド映画の傑作が、この映画「チャイナタウン」です。

元来ハードボイルドは、ハリウッドの特産品で、ハンフリー・ボガート主演の「三つ数えろ」や「マルタの鷹」などの不朽の古典的な名作が、映画史上に燦然と輝いています。

そして、レイモンド・チャンドラーやロス・マクドナルドのハードボイルドの世界観が、忠実に繰り広げられる「チャイナタウン」は、それらの名作を研究しつくしたというポランスキー監督の熱意の結晶作でもあるのです。そして、そのハードボイルドの世界で、第二次世界大戦以前の典型的なアメリカン・ヒーローとして活躍する主人公に、"アメリカン・ニューシネマ"のアンチ・ヒーローで浮上したジャック・ニコルソンを起用したのが、この作品の最大の魅力になっていると思う。

ハリウッドのアウトサイダーが、社会の腐敗に牙を向けると容赦なく鋭いものとなる。「チャイナタウン」は、ジャック・ニコルソンのはみ出し者の要素が、時にはまたとない正義の表情を生むことを証明していると思う。しかし、そこはニコルソン、時代遅れの正義漢には収まらないのです。

物語は、ロサンゼルスで探偵業を営むジェイク(ジャック・ニコルソン)のもとに、モウレー夫人と名乗る女性が、水源電力局に勤める夫の浮気調査を依頼してきます。しかし、その女は偽者で、ジェイクは依頼の背後に何かの陰謀の匂いをかぎとるのです。

そして、それを調べるうちに、モウレー氏が死体で発見されます。ジェイクは、モウレー氏が勤める水源電力局に事件の鍵があるとにらみ、一人で事件の解明に挑んでいくことに------。

だが、その調査の過程で水源電力局施設部長のスキャンダルにまで発展していきます。ヒューマニストの一面を持ち、仕事に対する誇りを失わないジェイクは、誠実な市民であるモウレー側に属する人間で、だから、本物のイブリン・モウレー夫人(フェイ・ダナウェイ)が告訴状を持ってきた時に、偽物だった依頼に何かのからくりを嗅ぎとり、その背後を調べ上げて自分がはめたモウレーを一心に助けようとするのです。

モウレー夫人に誤解されたままにも、姿の見えない敵にはめられた状態にも我慢できず、ご主人を何とか救いたいと夫人に訴えかけるジャック・ニコルソンは、大衆が求める正義の人格が顔いっぱいに広がって、もの凄い二枚目の表情をします。正当な二枚目でなくても誰よりも二枚目になれ、また誰よりも悪に対して非情になれるジャック・ニコルソンには、ハリウッド黄金時代の二枚目が専売特許とした資質さえ垣間見られるのです。

清潔感溢れる白や控え目なグレー、ベージュなどのスーツに身を包んだ外観も、ジェイクの人柄と一致して、歪んだ社会の構図を立て直してくれそうで、頼もしさが引き立っていると思うのです。そして、そのニコルソンが絡む人物たちは、一癖も、二癖も強いアクを持ち合わせているのです。黒幕のノア・クロス(ジョン・ヒューストン)は、普通を装っていても欲に取り付かれた完全な狂人なのです。

クロスとの食事で頭付きの魚にギョっとする時の正義派ニコルソンからは、このクセ者に叶わないのではないかという不安が生じてくる。そして、フェイ・ダナウェイ扮するイブリン・モウレーは、一筋縄ではいかない謎めいた女を通して、怪しいムードを醸し出します。

ノア・クロスの実の娘である彼女は、15歳で自ら父と情事を持って、その子を産み、父のパートナーであったモウレーにそこを救われて彼と結婚し、父とモウレーの決裂からこの事件に巻き込まれて、不運な一生を遂げる宿命の女だったのです。しかし、心の揺れを全く見せず、強い姿勢を常に保って自分の足で立とうとする強靭さは他を圧倒するものがあるように見えます。運命が勝る結果となっても、それに負けたと思わせないところが、「俺たちに明日はない」の女冷血漢で伸し上ったフェイ・ダナウェイらしいなと思う。

そして、異常な背景と異常な人物たちを向こうにまわしたジャック・ニコルソンは、演技でも無駄なものを取り払ったシンプルな正攻法で攻める。彼の表情からは、相手の嘘、各小道具の重要性がすぐに伝わってくる。サスペンスものでは限られた言葉で各場面をピッタリはめ込む監督の手腕が第一に問われますが、俳優の力量も同じぐらいに重要だと思う。それを、ジャック・ニコルソンは、いとも簡単にさらりとこなしていくのです。

そして、イブリン・モウレーが彼の裏のある質問を恐れるほど、人の心理をズバリと見抜き、次から次へと状況を判断して常に一歩相手の先をいってしまう。このように、ジャック・ニコルソンは、探偵としても、俳優としても超一流の腕を見せます。しかし、途中からほとんど絆創膏を鼻にはったまま登場することで、銀幕の二枚目に持ち上げられずに、我々と同じ大衆の次元にとどめられるのです。

大衆の代表的な人物であるジェイクは、我々が彼と共に謎解きの冒険をする時から、ニコルソンにも大衆性が生じるため、二重の大衆性を持つことになるのです。そのジェイクの大衆性は、ニコルソンによって没個性とならずに、二つとない個性を発揮するのです。

ハードボイルドの代名詞とも言えるハンフリー・ボガート的な、凄い資質がこの作品のジャック・ニコルソンに見受けられるのです。そのニコルソンが大衆の怒りを買うと、モウレーが善良であるがゆえに異端として殺されたように、悪のはびこる"退廃したロサンゼルス"では、逆の意味のはみ出し者になりかねない。元の刑事仲間に追われることになるのが、そのいい例だと思う。また、特別出演のロマン・ポランスキー扮するチンピラに切られた鼻の絆創膏は、その印でもあるのだと思う。

チャイナタウンの地方検事局で育ったジェイクは、傷付けたくない人を傷付けてしまった苦い思い出を、その街に抱く弱い市民でもあるのです。そして、彼はそこから飛び出して探偵になったのですが、今回の事件でまた、その地に誘われて新たにもう一つの悲惨な結末を目のあたりにするのです。二度もチャイナタウンで、大切な人の死に直面したのです------。

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