遠く遠く、限りなく透明に近い空のかなたへ 「ロビンとマリアン」 - ロビンとマリアンの感想

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遠く遠く、限りなく透明に近い空のかなたへ 「ロビンとマリアン」

4.04.0
映像
4.0
脚本
4.0
キャスト
4.5
音楽
4.0
演出
4.0

才人リチャード・レスター監督の「ロビンとマリアン」の中で描かれるロビン・フッドとマリアン姫は、かつて恋し愛し合った頃、彼らは若かった。だが、別れて18年の歳月が流れてしまった------。

男は、獅子心王リチャードに従い、十字軍に加わって、遥か異郷の戦場を転々とした。懐かしの故国、緑したたるシャーウッドの森へ帰還した時、ロビン・フッド(ショーン・コネリー)は、すでに髪薄く、頬ひげさえ白い初老であった。

深窓に育って、けれどおキャンでお転婆で、みずみずしく生気にあふれた美しいマリアン姫(オードリー・ヘプバーン)も、今は尼僧の身の、中年の修道院長なのです。

時の流れの残酷さ。あの遠い日------18年前、マリアンは恋しい人が戦争に征ってしまうと、悲しみと絶望のあまり、手首を切って自殺を図り、だが村人に助けられ、修道院に預けられた。どれほどマリアンは苦悩したことか。拷問よりもつらく、離れて生死定からぬロビンへの愛恋に、身悶えたことか。

男には、この悲痛が、実感的に分からないのです。男にとって、それは彼の一部でも、女にとって"恋"は、その全てなのです。彼女はロビンを忘れようとした。髪を切り、僧衣をまとい、俗世の思いを断ち、神に仕え、神の子イエスの"花嫁"となることで、現し身の恋を捨て去ろうとした。

苦行に苦行を重ね、肉体を責めさいなんで、魂を洗ったのです。その魂を煩悩がおびやかして、懺悔に懺悔を繰り返し、さらに苦行を重ねて、ようやく平穏にたどり着いたのです。

「そう、時だわ。時が忘れさせてくれたの。もういつか、ようやく、あなたの夢さえ見なくなったのに」と、マリアンは再会したロビンに言うのです。だが、ロビンは引き下がりはしない。強引に彼女をさらい、ジョン王の悪政のもと、彼は宿敵ノッチンガムの悪代官(ロバート・ショウ)の暴虐から、マリアンを護るのです。

「私は老いて醜いわ。でもまだ私を欲しい、とおっしゃるの?」「二度と私に傷を負わせないで」「もう私に失わせないで」------。マリアンは、僧服の被りものを脱ぎすてた。抱き寄せるロビンの胸に顔をうずめて、二人は少年と少女のように寄り添い連れ立ち、小川のほとりから野の草むらへと姿を消していく。

それは、よみがえった青春なのであろうか。抑えに抑えた、恋の炎の再燃であろうか。時と別れが二人を隔てて、けれど再会は一瞬にして距離を消滅させたのです。これが真実の"愛"なのであろうか。

この「ロビンとマリアン」の物語は、相思相愛の二人が再び結ばれて、それでめでたし、めでたしではないのです。結ばれた二人に、またしても"平和"は訪れはしないのです。

ロビン・フッドは、ジョン王と悪代官に敢然と立ち向かっていくのです。戦争から帰ってきたばかりなのに、壮年期を戦いに明け暮れて、戦争と勝利の虚しさを知り尽くして、ようやく故郷へたどり着いたのに、だが彼はまた戦おうとする。

彼は、自らの老いを認めたくはない。彼は正義の英雄なのだ。彼は、男の正義感と男の闘争本能ゆえに、立ち上がらなければならないのです。ロビンは"死"を賭して、悪代官との一騎打ちを決意している。マリアンには、それが許せない。

「あなたが行くなら、私は森を去る」と彼女は告げる。「どうぞ彼を思いとどまらせて、彼の無事のために、私は去るのよ」とマリアンは、ロビンの親友リトル・ジョンにすがって泣くのです。「私は失うのよ」と-----。

だが、彼女が去るというのは、ロビンへのおどかしでも、嫌がらせでもないのです。彼女はロビンに、「私は去って、あなたの喪に服するのよ」と言うけれど、それは悲痛の思いで恋しい人のもとを去り、二度と会わぬことが、彼の無事と引き替えの"神への祈り"なのだと思います。

ここで思い出すのが、グレアム・グリーン原作の「情事の終わり」です。戦争中に恋におちた人妻が、空襲で男が傷ついた時、彼女は神に祈るのです。どうぞ彼を助けて下さい、もし彼に命をお与え下さるなら、私はこの恋を諦めて、二度と彼に会いはいたしません、と。けれども、あの人妻より、さらにマリアンの愛は激しく、彼女は"恋の情念"に生きる女だったのです。

こうして、シャーウッドの森を出た彼女は、ロビンと悪代官の凄絶な一騎打ちを見守り、ひたすら彼の無事を祈り、ついに勝った彼が、だが深手を負うと、修道院へと運んでくる。「帰ってきたのか、私のもとへよく戻ってくれた」と、苦痛に笑みを浮かべるロビン・フッドは「もう二度とは離れんよ」と。

けれど、その口の下から、彼は言う「少しばかり疲れた。介抱してくれ。そしたらまた大きな戦いをするよ」。そんな彼に、マリアンは、薬だといって毒を盛るのです。すでに自分も飲みほしていた毒を------。

ベッドのロビンを抱き、頬にキスをした。離れて壁ぎわにうずくまって、涙で彼を見つめた。すると、ロビンの体がしびれてきて、脚の方から冷たくなってきたのです。「私に何をした!  なぜだ!」「あなたを愛しています。誰よりも、何よりも。子供たちよりも、この手で耕した畑よりも、朝の光よりも、神さまよりも、強く深く愛しています------」。

届かぬ手と手を、宙に伸ばすロビンとマリアン。そして、最後の力を振り絞ったロビンの弓から放たれた矢は、遠く遠く、限りなく透明に近い空のかなたへと飛び去っていくのです------。

男と女の、終焉。その男にもまして、女の死に顔は、安らかであった。もうマリアンは、"失う"ことはない。愛する人を"忘れる"努力をする必要もない。彼と共に果てる"心中"は、女にとっては、愛を全うした、最高愉悦の至福ではないだろうか。

そしていつの世にも、女にとって、恋の悦びも、愛の苦しみも、全ては自分に帰するのだと思います。女の愛は、どれほど美しくとも悲しくとも、畢竟、"自己愛"なのかも知れません。

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