薔薇の名前のあらすじ・作品解説
薔薇の名前は、1986年にヘラルド映画の配給により、フランス、イタリア、西ドイツの合作で制作された映画である。この映画は、中世の北イタリアの山に壮麗な姿で佇む修道院が舞台である。作品のあらすじは、その修道院を重要な宗教会議のために訪れた老修道士に扮するショーン・コネリーと、その若い弟子を演じるクリスチャン・スレーターが修道院で起こった殺人事件に遭遇し、その謎を解決していくサスペンスな物語となっている。この作品は、修道院で起きた殺人の謎をこの二人が解決していくミステリーとサスペンスが楽しめるだけでなく、制作スタッフにより史実に忠実に再現、復元されたされた詳細な中世の修道院のセットや、小道具や衣装などが大きな見どころである。また修道院のセットは実際に北イタリアの産地に建てられた野外セットであり、これらの制作には17億円を超える莫大な費用が費やされた。 この映画作品は、ウンベルト・エーコの同名小説が原作である。
薔薇の名前の評価
薔薇の名前の感想
宗教は誰のものだ それは教会のものだ 宗教に興味があれば見て欲しい作品
1986年公開でフランス・イタリア・西ドイツ合作でジャン=ジャック・アノー監督の作品。舞台は14世紀、中世のキリスト教修道院。宗教論争の会議に出席するために来たベテラン修道士が連続殺人を解決する、犯人探し物語。修道士が連れてる少年の見習いが可愛らしいのです、この少年がこのままずっとずた袋を着て人生を終えるのかと思うと、どーよなぁと心寂しくなりますが。当時コペルニクスも皆全て、教会は全ての学問の集大成でした。字を読める人は特権階級で、聖書はラテン語で書かれており、普通の人は読むことも見ることも無かったのです。平民は教会のミサには出ることが許されるが、宗教は言われた事を鵜呑みにするだけだった。修道院や教会に所属する神父が、生活の規律を決め、支配していていました。ショーン・コネリの諦めたような姿と理知を感じさせる感情を抑えた仕草がよく合ってます。最後のシーンで少年僧は自分で道を選ぶようにと年老い...この感想を読む
キリスト教の本質って、何?
フランチェスコ派の修道士、ウィリアムと助手のアドソ。彼らはベネディクト派の修道院の会議に出席するために北イタリアへ向かっていた。その折、修道院では奇妙な殺人事件が起こっていた。亡くなった修道士は指先と舌が黒ずんでいたのだ。不審に思ったウィリアムは事件の真相を探ろうとするが、修道院の院長が良い顔をしない。ウィリアムがよそ者だからだということだけでなく、ある恐ろしい陰謀が隠されていたからだった・・・・・・。レビュータイトルにあるとおり、この映画は私の永遠のテーマです。私は宗教関係者ではないのですが、カトリックの学校を卒業しているので、自分の体に良い物として染み付いたカトリックの教えが結局は権力の材料にされてしまっていたり、民衆だけでなく、修道院内でのヒエラルキーを絶対的にするものでした。この映画の舞台となった北イタリアは敬虔なカトリック信者が多いですが、殺人事件はなかったとしても、もし本当...この感想を読む
熟年のショーン・コネリーの魅力
中世の修道院を舞台にしたミステリーです。 北イタリアの山の中にあるある修道院にさまざまな宗派の修道僧たちが集まる中、次々と修道士が謎の死を遂げ、ショーン・コネリー演じるウィリアムその調査を依頼されます。 とにかく暗い雰囲気です。人の殺され方なんか、西洋版横溝正史の世界と言っていいくらいです。修道士たちも何となく気味の悪い人が多く、見ているうちに気が滅入ってくる人もいるかもしれません。でも、それを補って余りあるのがミステリーとしてのプロットの緻密さと、熟年ショーン・コネリーの魅力なのです。 悪魔崇拝や魔女が真剣に信じられている世界にあって、科学と論理を信じて謎を解いていくウィリアムの姿がとても印象的で、知力だけを武器に迷信や教会の権力と対峙する彼の姿には感動しました。 舞台の暗さは致し方なしですが、ミステリーとしては秀作です。ミステリー好きの方、特に横溝正史が好きな方にはお勧めです。
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