ほろ苦き自虐をこめつつ、心の故郷、魅惑の大都会ニューヨークに寄せる、やるせなくも心優しいラブレター - マンハッタンの感想

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ほろ苦き自虐をこめつつ、心の故郷、魅惑の大都会ニューヨークに寄せる、やるせなくも心優しいラブレター

4.04.0
映像
4.0
脚本
4.5
キャスト
4.0
音楽
4.0
演出
4.0

この映画の主人公は、むしろ男性だ。花も実もある、と言うべきか、疲労と胃弱持ちのと言うべきか。ともあれ42歳の中年男のインテリ俗物アイザック(ウディ・アレン)が、おかしくて、やがて哀しきニューヨーカーの、ほろ苦き自虐をこめつつ、彼の心の故郷とも言える魅惑のマンハッタンに寄せる、これは、やるせなくも心優しいラブレターなのです。

ここで、このアイザックという中年男に関わる女たちに焦点を合わせてみると、この小男で、禿げあがった縮れ髪の、強度の近眼のユダヤ鼻の、どうひいき目に見ても風采のあがらぬ彼が、女性にもてるのはなぜだろう?

いや、TVの脚本の売れっ子から、純文学に転向して奮闘中で、だが、はかばかしくないアイザックは、女房運には恵まれていない。最初の妻は、麻薬中毒となって離婚し、二度目の妻のジル(メリル・ストリープ)は、同性愛趣味がこうじて、さっさと子連れでサヨウナラをして、女友達と同棲中だ。

この細面の痩せすぎ美人のジルが、インテリ志向で翔んでしまって、わが「結婚・離婚」の記を執筆、出版し、彼との赤裸々な性生活を告白しようとするのが、目下のアイザックにとっては、最大の脅威、恐怖なのです。

麻薬といい、レズ趣味といい、彼女たちを走らせたのは、夫たるアイザックに魅力がなく、欠陥があったからだと思うのだけれど、彼自身は、極めて気弱で、極めてロマンティストだと自認し、さらに極めてインテリだと、自意識過剰でもあるのです。

ハンサムじゃない、さしてお金もない、頼もしくもない、女房に逃げられた40男に、17歳の決して美人じゃないが、みずみずしさがこぼれるばかりの、結構いいとこのお嬢ちゃんというような高校生のトレーシー(マリエル・ヘミングウェイ)が、彼に恋したのはなぜなのか?

女の子の初恋は、父親志向だからか?  アイザックのインテリぶりに、気弱さに、ロマンティストぶりに惹かれたのか?

ともあれ、若いトレーシーは、一途な情熱でアイザックに迫り、彼はヤニ下がりながらも、深みにはまることを恐れる気も十分なのは、分別というよりも男のズルさに見えてくる。

それでも、無邪気な彼女とメイク・ラブしながら、一方でアイザックは、友人の大学講師で文芸評論家の、これも俗物インテリのエール(マイケル・マーフィ)が、結婚12年の妻に内緒で、愛人関係を持つメリー(ダイアン・キートン)にイカれてしまう。

このメリーも、実に興味深い女性だ。名門ラドクリフ女子大出の雑誌ジャーナリスで、小賢しくて饒舌で、小生意気で我が強いときている。初めは"えせインテリ女め"と反発していたアイザックが、こちらもおしゃべりな情緒不安定症なら、「愛人の立場こそ最高よ」と突っ張っているメリーも、実は結婚を熱望する欲求不満症で、そんな二人が一夜の出会いに意気投合し、「あなたとなら、私、子供を産みたいわ」とまで言われて、有頂天の彼は、可憐なトレーシーに、残酷にも因果を含めて別れを宣するのです。

ところがメリーの方は、エールに「棄てないでくれ、別れないでくれ」と哀願されると、やっぱり、このどうしようもない恐妻家の大学講師との、腐れ縁を断ち切れずに、たちまちヨリを戻してしまうのです。彼女も、翔んでいるように見えて、実は古風な女、私たちの周りにいる普通の女だったのです。

結局は振られ男のアイザックが、破廉恥にも、再び愛しのトレーシーに「僕が悪かった。行かないでくれ」と追いすがれば、苦しみから立ち直ったトレーシーは「人間って案外健全なものよ、あなたもそれを信じなさい」と言って、ロンドン留学へと旅立って行くのです。

その彼女の若い思いきりこそ、爽やかで新鮮だ。カッコつけてダメ男ぶる大都会のインテリ中年の、無色の恋文の中で、生き生きと色づくヒロインが、トレーシーなのです。

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