人間関係が密にからむ良質サスペンス - 邪魔の感想

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邪魔

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人間関係が密にからむ良質サスペンス

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目次

冒頭の軽さから思いがけない展開へ

不良高校生がバイクで3人乗りしてパトカーに追跡させ、わざと仲間がいるところを走ったりとただ目立ちたいだけの不良高校生(中卒者も含む)の場面から始まる。このあたりはその悪さもこちらがハラハラするような悪さでなく、何も考えていない頭の悪さが目立つだけの不良行動ばかりだった。このような軽い展開がいきなり急展開を見せる。“親父狩り”なるものでお小遣いを稼ごうとする3人だが、始め狙った1人からうまく小金をせしめることができたことで味をしめ、次に狙ったのが張り込み中の刑事という運の悪さだった。高校生の読むのもつらくなるような拙い脅し文句で刑事がひるむはずもなく、刑事は子供相手に容赦なく敵意をむきだしにして殴り、腕を折る。刑事が不良とはいえ素人の高校生にこのような暴力を浴びせるというのは、見ていて(読んでいて)甘え丸出しの不良高校生にはいい薬になるだろうと小気味はいいのだけど、どのような展開になってしまうのかとハラハラした。こういった情け容赦ない描写で登場したため、九野という刑事は一体どのような人物なのかとかなり注目しつつ読みすすめていった。

平凡な主婦の平凡な悩みだったものが

平凡な主婦としてこれでもかというくらい平凡に書かれている主婦恭子がいる。マイホームを手に入れ、花壇を作り、それを幸せとして生きているのだけど、夫が罪を犯したかもしれないという不安が心にジワジワと広がっていく。この不安がますます大きくなってくる描写が実にリアルで、これはかなり感情移入できるところだと思う。元々お金にだらしないところのある夫は過去にいくつかの小さな事件を起こしている。それらの事件は大きくはないけれど(そもそも自分たちの2次会での費用をちょろまかしたり、香典を懐に入れるなどは人としての尊厳を問題にしてもいいくらい絶対あり得ないことだと思う)、それに目をつぶっていようと思うことはこちらの心のストレスもかなりものだろうし、ややもするとどうしても心に黒雲のように不信感が湧き出てしまうことだろう。恭子が気付かないうちにもどんどん愛情が磨り減っていっているところは、彼女の心の重圧が手に取るように理解できる描写だった。
ただそこで気付かない振りをした恭子にも若干の責任があるという人もいるかもしれない。しかし子供はまだ小さく流れていく現実を目にすれば、その夫の行動は瓜畑で靴を履きなおすような、ただそうとらえられるかもしれない紛らわしい行動だっただけかもしれないとその扉を閉めてしまった彼女の心理をだれも責めることはできないと思う。しかし彼女がそれを悔しく情けなく思っているのはもしかしたら深層心理下にはあったのかもしれない。パートの労働契約改善を叫ぶ団体に入り新しい自分を発見したのも、そうした心理が働いたのかもしれない。
平凡な主婦がどんどん変わっていく描写は、小説の肝でもある。そしてそこには感情移入できるリアルが確実にある。

妻と対照的な夫、茂則

大きな会社に勤めいい給料をもらいながらも元来の手癖の悪さは治っておらず、会社のお金にも手をつける。それを監査が入る前にうやむやにしようと思いついたのが会社に放火するという、頭の悪さと考えの浅さだけが目立つ小さい男という印象である。その上、小説の中では、彼自身の立場からみた心理や考え、思いなどの描写はほとんどなく、それが余計彼の存在の軽さを際だたせている。
放火をごまかすためにまた違う場所に放火をし、その考えなしのところは頭が悪いというだけでなく、その精神には何か病名のつくのではないかというくらいだった。なのに刑事に尾行され、少し追い込まれたくらいで根をあげ、逮捕されて楽になりたいような姿勢さえ見せる。旅行先で恭子が激怒したのは無理もないと思う。その程度の覚悟さえない男に、つまらない事件で家庭を台無しにされ、挙句の果てには子供たちには自分から説明し、罪を償うなどというなにか美談にもっていこうとさえする汚さは、こちらが主婦であり女性であるからか限りない怒りと気持ち悪さを感じ、そしてその感情を一度持ってしまえば夫婦としては修復不可能なレベルになってしまうことを、恭子だけでなく私も理解することができた。
罪を犯そうと、なにか理解できないことをしようと、ある程度それをやってしまった登場人物に対して、好意的なものを感じることはよくある。しかしこの茂則に対しては気持ち悪いという気持ちしかなく、それは最後まで続いた。

横領事件としては何か残る中途半端感

せいぜい2、300万程度の横領で火をつけようとするのかどうか、そのあたりは少しわからない。金額に対して事件の大きさが割りにあわないような印象を受けるからだ。そして、茂則を逮捕させまいと本社に移しその行動を監視する会社の意図も、よくわからなかった。その横領が組織ぐるみだったとしても(そのようなことを匂わす場面もあるにはあるけど、それもあまりにも規模が小さすぎるものだった)、また放火の犯人を仕立て上げるために暴力団に依頼したり(その金額のほうがよっぽど大きかった)、なにかもっと大きなものが潜んでいたのか、私にはどうにもわからなかった。警察のOBの天下り先であったり、世俗的な細かいメリットを守るためだけに茂則をスケープゴートにしたなら彼にいささかの同情を覚えないでもないけれど、茂則は茂則で小金をせしめているし。このあたりは勢いだけで読んだけど、すっかり理解できているかと言われたらかなり自信はないところでもある。

九野という刑事の魅力

前述した九野という刑事は、妻を事故で亡くし、義母を心の支えに生きている。冒頭の場面では粗暴ささえ感じた彼だけど、弱いものや女性に対しては、驚くほどの保護本能を発揮する。
恭子が旅行先から東京にもどり、茂則の犯行ではないことを証明するために自らも放火を行おうとする場面がある。尾行する九野は、彼女のその視野を狭くしてしまうほどの不安、明らかになれていない運転、そこまで彼女を追い込んだ茂則に対しての怒り、まして恭子は妻に似ているという条件が彼の保護本能をかきたたせ、彼女を守ろうと必死で立ち回る場面がある(恭子が放火をするかもしれないというあの場面は、それこそ心臓がきゅっとなるくらいハラハラした。名場面の一つだと思う)。明らかに不安のため焦点の合っていない彼女を抱きしめながら、「なかったことにしてやるから」というようなあの態度が誰かを思い出させるなと思っていたら、アイリス・ジョハンセンの小説によく出てくるヒーローそっくりだった。残酷なまでに仕事はクールにしながらも、弱いものを慈しみ必死に守ろうとする姿は、「スワンの怒り」のタネクや「真夜中のあとで」のセスにそっくりだった。そして彼らも自分の世界(牧場や家)などを大切にしている。そして九野も義母との語らいを大切にしていた。しかしそれは崩壊する。

九野と義母の関係

この2人の会話は微笑ましく、どうしてもっとも関係が薄くなりやすい義理の母との間であれほどの情が育ったのか、その描写はあまりなかったので想像でしかないけれど、母親を大事にしていた妻の代わりに面倒を見るうちにだんだん保護本能が強くなってきたといったところかもしれない。
しかし結局この義母との語らいは九野の妄想で(ちらし寿司もお吸い物も草餅も、どうやって食べていたんだろう)、義母は妻と一緒に事故が元で死んでいる。この妄想相手が妻でないところがリアルなのかもしれないが、あそこまでしっかりと見るということは義母は幽霊として存在していたのか、それならどうして最後消えてしまったのか、このあたりはもっとしっかり読みたかったところではある。
妄想で見るくらいどうして義母との情があったのか、確かに他の人は彼女の姿を見ていないが食事や電話などはどうやってやっていたのか、それも九野の妄想だったのか、そのあたりは行間を読むしかないのだけど、もしその理由やその風景などを後で読んだ時に気付くことができたら(お皿が汚れていなかったとか)、かなりうれしい。
次読む時はそれを気にしながら読んでみたいと思う。

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