3人の森博嗣について - すべてがFになる The Perfect Insiderの感想

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すべてがFになる The Perfect Insider

4.504.50
文章力
4.83
ストーリー
3.83
キャラクター
4.33
設定
4.00
演出
4.17
感想数
3
読んだ人
12

3人の森博嗣について

5.05.0
文章力
4.5
ストーリー
4.0
キャラクター
4.5
設定
3.0
演出
4.0

目次

彼は工学博士である

森博嗣は小説家である以前に工学博士である。本作は続く「S&Mシリーズ」の記念すべき第1作目に当たるが、シリーズを通してその知識は惜しげもなく披露されている。彼の作品が「理系ミステリー」と呼ばれているのはこれが理由だ。もし理系という言葉を見ただけで敬遠してしまった読書家がいたらそれはきっと大きな損失となるだろう。

読んだ人は皆感じたと思うが、彼の作る世界で私たちは工学博士になれる。この本を読んでいくと文系を学んだ者にとっては初めて聞く専門用語がたくさん登場する。それを文脈で、または自ら調べて大まかに理解していき、彼の作ったトリックを彼の動かすキャラクターたちが推理していく様子を眺めていく。それだけで読者はまるで理系の天才になったかのような気分を味わえる。

真賀田四季が残した『すべてがFになる』という、タイトルにもなっているメッセージがすべての答えになっている。16進数に気がつけばトリックはするすると解けていくことが読了後にわかる。私たちは天才プログラマが残したトリックを助教授である犀川創平と天才の卵の西之園萌絵が解いていく数日間を目の当たりにした。それらすべてを仕組む森博嗣もまた天才のうちの1人なのだと思わざるを得ない。

ただ、出てくるキャラクターが天才と言われているものの、設定に「ありえない!」と思ってしまう部分もある。理屈としては通っているが、この大掛かりなトリックは非現実的とも考えられるだろう。推理をしようとしてもまったく歯が立たないのである。そういう意味で設定を星3つ分に設定してある。

彼は哲学家である

工学博士である森博嗣。私は理系の人間と聞くとどうしても冷たい人間を想像してしまう。これは数式には明確な正解が存在し、それが良くも悪くもドライだと感じている私の印象によるものだろう。理系科目はまったく受け付けない体質で知識がないため、私のその印象が正しいものかも怪しいことは弁解しておきたい。だが森博嗣はそのような私の幼稚なイメージに収まるような存在ではなかった。

どこにいるのかは問題ではありません。会いたいか、会いたくないか、それが距離を決めるのよ」という四季の台詞がある。VRをテーマに掲げている本作はそれに科学的アプローチをしているだけではなかった。合理的な思考だけでは生活していけない人間の複雑な感情をも著者は大事にしていることがわかる。その他にも死や言葉について、彼自身の哲学を様々なキャラクターの言葉にして散りばめている。

世間では「理系ミステリー」と言われているこの小説だが、私は読んだ後に自分の頭の中の純文学の本棚にこれを仕舞うことにした。ただのミステリーとするにはもったいないと思うほど、彼の哲学が素敵なのだ。それは何気ない日常会話の1コマや、ストーリーとトリックの間にこっそりと置かれている。

このレビューを読んでいる人たちもまた、私と同じく本作を繰り返し読み返したくなっているはずだ。物語の展開を知っていてもなお読み返したくなるミステリーに私は初めて出会った。そもそもミステリーは苦手分野だったが、森博嗣は私のミステリー界に大改革を起こしてくれたようだ。

森博嗣は小説家である

彼の作るトリックと哲学について触れてきたが、忘れてはいけないのがキャラクターの愛らしさだ。理系ミステリーを文系の人間に寄り添うものにしてくれているのは間違いなくこの登場人物たちだといえる。

犀川と萌絵には恋愛の雰囲気が少しだけ見えてくる。2人の関係がどう発展していくのか、はたまた現状維持のままなのかも気になるところだ。四季も常人の理解できる範囲を優に超えてくる天才なのに、きちんと人間味を感じ取ることができる。キャラが立っているからこそ、続く長いシリーズもどんどん読んでいきたくなる1作目になってるのだ。

天才・真賀田四季は死にたくてこの壮大な計画を立てた。その「死にたい」という感情には「愛されたい」という感情が含まれている。天才も人間なのだ、そして人間は愛に生きるしかない生き物なのだ。愛なくして生きていける人間はいないと思っていたが、森博嗣も同じ考えを持っているようで少し嬉しくなった。結果的に四季は娘と新藤所長を殺してしまったが、それは2人への愛ゆえになのだろう。

このように難解な形ではあるが、天才である彼女も愛を欲しているという人間味のある、可愛らしい部分を見せることによって読者は天才を受け入れられるようになるのだ。きっと森博嗣はすべてを計算して書いているのだと思う。彼の生み出す世界はすべてが緻密に、必要なものだけで構成されている。その技量に心酔し、恐ろしさすら感じてしまうのは私だけではないだろう。

森博嗣は小説の中でも工学博士であり、哲学家でもある。だがそれを自然に読者へ読ませることのできる、素晴らしい小説家なのだ。さあ、次作『冷たい密室と博士たち(Doctors in Isolated Room)』を読もう。

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他のレビュアーの感想・評価

変数的動機の確定と萌えキャラたち

理系というより、割り切れている記念すべき森博嗣の第一作目、書いた順番では実は四番目、そんな本作「すべてがFになる」。内容が衝撃的で理系ミステリィとかいうわけのわからない呼び名で呼ばれちゃうこともあるが、シリーズ全体はそこまで理系なわけではないのは、読めば誰でもわかること。本作で提示された諸々の要素は、当時では小説として実に画期的であった。これに限らずこの人の作品というのは、割り切り方に大きな特徴があると言っていい。普通だとこだわりたくなる部分をこだわらない、気になるところを意味がないと切り捨てる。その姿勢が、おそらく他との違いを生んだのだろう。おかげで、「森博嗣は人間が書けていない」と言われたこともあったようだが、この意見にはたくさんの人が失笑していたらしい。作者本人も、別シリーズで何度もネタにしているくらいだ。実際問題、森博嗣さんの人間描写は、秀逸であると表現しても何ら問題のないもの...この感想を読む

4.04.0
  • ダブルピースダブルピース
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未来は見えている

始まる夏暑い夏の日、西之園萌絵が天才科学者真賀田四季と会話するシーンから物語は始まる。まずこの会話から最初に読者が感じるモノは四季の怜悧で論理的な思考、そして西之園の飛躍する思考の対比だろう。四季は初見から西之園の思考をトレースすることで会話をリードするし、西之園はその飛躍する思考を存分に発揮して四季の思考に追いつこうとする。しかし、会話を読みすすめるうちに、いつのまにか、この二人は似ている。と思わされる所に森博嗣の巧妙さがある。最初は対比関係にあった二人の女性が、会話をしているうちに混ざり合い読者を知性の深淵へ導いてくれる。そしてこの知性の深遠さこそが、作品のテーマとなっているのだ。会話のページはわずか10ページほどだったと思うが、その最初の10ページが森作品のテーマを象徴しているのは非常に興味深い。この夏の日から全ては始まっていくのである。予見された未来本書が出版されたのは1998年である...この感想を読む

4.54.5
  • sikimurasikimura
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