未来は見えている - すべてがFになる The Perfect Insiderの感想

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すべてがFになる The Perfect Insider

4.504.50
文章力
4.83
ストーリー
3.83
キャラクター
4.33
設定
4.00
演出
4.17
感想数
3
読んだ人
12

未来は見えている

4.54.5
文章力
5.0
ストーリー
3.5
キャラクター
5.0
設定
4.0
演出
4.5

目次

始まる夏

暑い夏の日、西之園萌絵が天才科学者真賀田四季と会話するシーンから物語は始まる。

まずこの会話から最初に読者が感じるモノは四季の怜悧で論理的な思考、そして西之園の飛躍する思考の対比だろう。四季は初見から西之園の思考をトレースすることで会話をリードするし、西之園はその飛躍する思考を存分に発揮して四季の思考に追いつこうとする。

しかし、会話を読みすすめるうちに、いつのまにか、この二人は似ている。と思わされる所に森博嗣の巧妙さがある。

最初は対比関係にあった二人の女性が、会話をしているうちに混ざり合い読者を知性の深淵へ導いてくれる。そしてこの知性の深遠さこそが、作品のテーマとなっているのだ。

会話のページはわずか10ページほどだったと思うが、その最初の10ページが森作品のテーマを象徴しているのは非常に興味深い。

この夏の日から全ては始まっていくのである。

予見された未来

本書が出版されたのは1998年であるが、2017年現在から読んでみても、その未来予測が非常に高い精度で的中しつつあることが分かる。

四季の語る言葉に「バーチャルリアリティは現実になる」という言葉がある。

現在PSVRをはじめとして、様々なバーチャルリアリティを体験するデバイスが発売されており、完成度も非常に高い。

使用者の言葉を聞くと、「もうどちらが現実かわからない」「現実に戻ってきたくない」といった感想が散見される。

このことからも、四季の発言通りバーチャルリアリティが現実になってきていることが分かる。出版当時の1998年といえば、バーチャルリアリティという言葉は世間には流通していなかった。にも関わらず、森博嗣はこの高い先見性を持った言葉を、天才真賀田四季に言わせている。これは、森博嗣が当時現役の国立大学准教授だったことが影響しているだろう。何十年も先の未来を予見し、そのための準備=研究を進めていくことは一般の会社員では出来ない。森博嗣のように、最先端の学術を追求してきた研究者だからこそ可能なのである。

そして森博嗣の持つこの背景があってこそ、四季のこの言葉は生まれたように思う。

この言葉を言った四季は、真賀田研究所のオーナのような立ち位置だが、研究所にもその思想が色濃く反映されている。

まず研究所には窓がない。これは、世間の余分な情報をシャットアウトし、純粋な学術を追求する環境を得るための措置である。

そして対面での会議は行われない。所員たちは仕事の相談は全てメールで済ませるのだ。人が集まるためには時間を決め、場所を決め、配布資料を印刷し・・・と無駄な準備が多く必要になる。しかし電子会議ならばそれらは一切不要である。自席から会議に出席できるのだ。最悪その場にいなくてもわかりはしない。

これらのことは、現実として認知されている空間をシャットアウトする=バーチャルリアリティ空間で活動しているということに等しい。研究所では、全ての所員がバーチャルリアリティ上で研究し、学問に打ち込んでいるのだ。学術という自らの中で最も美しい存在を徹底的に追求する姿勢にも、四季の思想が色濃く反映されていると言える。

完全なる知性

繰り返しになるが真賀田四季は天才である。

それでは天才とはなんだろうか、と考える。私は天才とは「見るものと見られるものが同時に存在した時に発揮される特性」だと考える。

才能はそこに観測者がいなければ存在できない。凡人が存在するからこそ天才は存在できるのである。

そのため本書でも四季は他を圧倒する完全なる天才として凡人たちの視点(最も四季から見れば凡人という程度だが)から描かれる。圧倒的な知性を演出するためには彼ら凡人の存在が必要なのである。

しかしだからと言って、凡人の彼らが愚かに描かれているか、というとそうではない。

そうしないところが森博嗣の卓抜した部分なのである。

凡人の彼らは国立大学の助教授だったり、卓越した思考速度を持つ学生だったりするのである。そんな彼らをもってしても、天才真賀田四季は捉えることができない。

読者から見ればあまりにも偉大な存在、まさに神のような存在感を持って真賀田四季は君臨するのである。

この手法によって、理解できない神としての存在、真賀田四季を読者はその一端だけでも捉えることができるようになる。

まさしく”才能とは視えるから存在できる”という言葉を体現する小説なのである。

終わらない物語

今現在も真賀田四季を語る物語は終わらない。

本書を出発点として無限に広がり続けている。全てを見通す知性に感嘆する日々はまだまだ終わりそうにないのである。

四季はやがて世界すら飲み込み、世界を変えていく。シリーズを全て読み進めていくことで四季の計画の一端に触れることができるのだ。それはこの知性を自身に内包していく作業に似ている。

学問の深遠さ、そして知性の素晴らしさに触れたいと願う人全てに読んで欲しいおすすめの一冊だ。

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  • ダブルピースダブルピース
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5.05.0
  • midorimidori
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  • 2034文字

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