人間存在の根源に迫る高貴な美しさと優しさと、厳しさと痛みに満ちた 「木靴の樹」
このエルマンノ・オルミ監督の「木靴の樹」は、1970年度のカンヌ国際映画祭で、満場の拍手を浴びて、最優秀作品賞にあたるグランプリを受賞した、世界映画史上に名を残す感動の名作です。
これほどの秀作が、当時50歳にならないエルマンノ・オルミ監督が、自ら原案、脚本を書き、撮影から編集までやってのけ、まさしく低予算の、素人演出の、手作りで成し遂げられたことに、驚異と感嘆を覚えてしまう。いや、だからこそ、傑作が生まれ出たもう一つの映画作りの証言が、ここにはあるのです。
この作品は、19世紀末の北イタリア、ロンバルジア地方ベルガモの、集団住宅に暮らす、貧しい小作農の四家族の話です。その生の営みを、人の世の誕生を死を、愛を争いを、労働を安らぎを、喜びを悲しみを、その全てを、土と自然と生活の息吹の中に、ほとんど"寡黙の静けさ"で凝視していくのです。
働けど働けど地主に搾取される貧しさに、だが四季は豊かに移ろい、小さな世界に平穏と波立ちが交錯し、命の賛歌がこぼれます。この素朴な人々の、なんといういとしさ------。
頑固な父親、ケチな老人、子だくさんの洗濯女の未亡人、恋を知る紡績工場勤めの娘、若者、子供たち。収穫と祈りと、家族の団欒と結婚式と-----。
さまざまなエピソードの、悠々とした濃密な積み重ねに、その中でもこの作品の題名ともなっている話が、私の胸に切なく迫ってきます。
神父の勧めで小学校に上がった少年(オマール・ブリニョッリ)が、下校時に木靴を割ってしまい、父親(ルイジ・オルナーギ)は、息子のために川辺にある地主の所有のポプラを切って、新しい靴を作ってやるのだが、そのため一家は地主に追放されてしまう。
行く当てもない一家が、夕闇に荷車一台で村を去る時、無言で見送る隣人たちと、声もなく大粒の涙をこぼす少年の姿に、観ている私もまた涙をこらえきれません------。
自然光のみによる、色彩の深さ。バッハの音楽。オール農民の出演。人間存在の根源にまで迫る、高貴な美しさと優しさと、厳しさと痛みが、大きな感動をもたらす3時間7分なのです。
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