妖しい官能と死の誘惑にみちた、耽美的な情念の芸術作品
なんとぜいたくな耽美の世界であろう。それは、妖しい官能と死の誘惑にみちた、おそろしいまでの美しさだ。
1911年の夏、ベニスのリド島。保養にきた高名な初老の作曲家アッシェンバッハ(ダーク・ボガード)は、同じ海浜ホテルで、ポーランド人一家の美少年タジオ(ビョルン・アンドレセン)に出会い、心を奪われる。彼は少年の姿を求め、あとをつけ、待ち伏せし、恋焦がれながら、ついに言葉ひとつ交わさぬまま、折から蔓延していたコレラにおかされて、命を落とすのです。
無残な悲劇です。孤独で生真面目な主人公の魂をとらえた、少年タジオのこの世ならぬ美しさ。それは、"老い"の若さへの憧れ、芸術家の美への執着なのであろうか。いや、そうしたきれいごとの言葉さえむなしいほど、彼は狂おしく少年への恋慕にのめりこんでいくのです。
彼を正気に押しとどめた、老残の我が身への自己嫌悪さえ、今は狂恋の自虐的な快感へとすり替わるのです。黒々と髪を染め、白粉を塗り、紅をさし、その化粧を汗にくずして、黄昏の町にタジオを追いつづける痛ましさ。
恋する者の不安と恍惚、陶酔と苦痛。ダーク・ボガードの見事なまでの内面の演技は、鬼気迫るほどの素晴らしさだ。マーラーの音楽が官能のうねりを謳い、映像は崩壊のロマンティシズムにむせかえる。
沈みゆく病めるベニスで、優雅にまばゆい美少年が、微笑みのかげに運ぶ"死の影"の無気味さ。そして、主人公のうち震える恋の歓喜が、死の法悦へとたかまりゆくラストの、残酷な明るさはどうだろう。
この「ベニスに死す」という作品は、ヨーロッパの頽廃からしか生まれえぬ"情念の劇"であり、芸術家ルキノ・ヴィスコンティ監督ならではの優れた傑作だと思います。
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