究極の美
「ベニスに死す」といえばビョルン・アンドレセンである。タッジオことビョルン・アンドレセンの美しさを堪能するだけでも十分な映画といっても過言ではないほどの魅力を放つ彼。溜息の出る程の美しさですよね。彼の虜になった人はかなりいらっしゃるかと思います。実は私も彼目当てで視聴しました。そしてこの映画はそんな美少年が、ショタコン変態オヤジにストーカーされる可哀想なお話。そう認識されてる方は多いのではないでしょうか。言葉が悪くなってしまいましたが、確かに一見するとそうでしかないです。ですが、私はこの映画を見る度なんだか叱咤されたような気分になるのです。脳天を撃ち抜かれたような衝撃すら覚えます。私もベニスに死せる1人かもしれません…。この得体の知れない焦燥感やら色々な感情やらが沸き起こる所以はなんなのか考えてみました。
その1「永遠ではない儚い美しさ」
この映画のテーマと最大の魅力は美です。ビョルン・アンドレセンの残酷なまでの美しさはいうまでもなく、ヴェネツィアの街並みの美しさ、アッシェンバッハの音楽の美しさもさる事ながら、むしろタッジオの美しさはそれらに泊を持たせているのではないかと思います。そして母親もそれはまぁ美しいですが、この映画の美の象徴はタッジオです。タッジオの悠然たる姿は、綺麗に着飾った貴婦人すら下品に見えてしまうほどです。何故、彼はここまで美しいのか、恐らく永遠ではないものだと感じるからだと思います。当時ビョルン・アンドレセンは15歳ほどだったと思いますが、まさにその年齢が美しさを演出していると思います。大人ではないけれど、何も知らない子供でもない。現に作中でのタッジオからは妖艶な雰囲気を感じてしまいます。しかしまだ少年。汚れの知らない子供です。汚れを知らない少年というのは何よりも美しいし人生に置いて特別な時代。あとは腐っていくのみです。だからこそ輝く。そこに儚さを感じますね。そして"少年"であるということ。単に可愛い女の子ではなく、性別を超えた存在であるからこそより一層美を感じる。芸術家が作り上げたものではない自然な美。しつこいほどの美の強調がこの作品だと思います。
その2「コンプレックス」
私はこの作品の美に触れる度、こんなに醜い姿で生きているのが恥ずかしくなります。そう、劇中のグスタフ・アッシェンバッハのように。アッシェンバッハは老いていく恐怖に踊らされています。その感情こそが、作品を見終わったあとに感じる焦燥感なのでしょう。もう戻らない若い時代への喪失感。若いというだけで特別で、若い時代こそが美で、どう足掻いても手の届くことのない美。アッシェンバッハは確かに理想の具現化をタッジオに見たのだろうけれどそれはあくまで理想で、老いゆく自分を悲観して若かりし頃をそこに見ている気がします。コンプレックスですね。なのでこの作品は単なる少年愛などではないと思います。同時に背徳感との葛藤でもありますが…。美しいものは汚したいのではなく、つまりは欲望のはけ口にしたいわけではなく、汚されたくないんです。そういう意味では愛するものを失いたくないということでもあるので、アッシェンバッハが翻弄される滑稽さにも頷けます。また、私は監督のコンプレックスも感じました。どうやらヴィスコンティ監督はバイセクシュアルということらしく、そう聞くとタッジオの中性的な美しさには納得出来ますね。女性的過ぎず男性的過ぎず美しいもの。ビョルン・アンドレセンは正にそれ。バイセクシュアルという観点からこその配役であると思います。天使のようですよね。天使に性別は関係ありませんからね!結果、冒頭で記したストーカーオヤジだなんて簡単な話ではなく、性別の向こう側をアッシェンバッハは見ているはずです。単なるストーカーオヤジのお話ならば女の子でもいいわけですからね…。
その3「表裏一体」
様々な感情を沸き起こさせる最大の理由は、対照的な表現にあると思います。一見すると美少年の美しさに酔いしれる作品。でも実は間逆で、醜さに恐怖する作品であると思います。アッシェンバッハ…醜い。醜さが素晴らしい。醜いのか美しいのかわけが分からなくなってきます。対照的な表現は他にもあって、若さと老いです。若く未来あるタッジオと老いに抗うアッシェンバッハ。その2でも記したように、老いゆく自身を悲観する感情が未来あるタッジオの存在で増幅させられています。そして舞台であるヴェネツィアもそうですね。美しい観光地の裏側は、疫病に侵された死の町です。どちらも本当のヴェネツィアなのです。ラストシーンの対照的な表現は本当に胸が抉られます。悲劇であり喜劇。そんな印象を受けました。
以上が私が思う「ベニスに死す」です。みるたびに違う側面をみせてくれるこの映画は、まるで全てが夢幻だったのではと思わせられる作品でした。恥ずかしながら原作は読んだことがないのですが、この機会に是非読んで新しい側面を見つけてみたくなりましたね。
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