純平、考え直さないで! - 純平、考え直せの感想

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純平、考え直せ

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文章力
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ストーリー
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キャラクター
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設定
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演出
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純平、考え直さないで!

3.53.5
文章力
3.5
ストーリー
3.5
キャラクター
3.5
設定
3.5
演出
3.5

目次

あまり暗さを感じない主人公

主人公の坂本純平は、確かに問題を多く起こしてきたチンピラであるのだけど、不思議に憎まれない若者である。21才と若いのもあってか、いくらすごんでみせても歌舞伎町では誰も怖がってくれず、むしろマスコット的に愛されているところからもそのことがうかがえる。彼が兄貴分と呼ぶ北島はその男ぶりだけでなく面倒見もよく、極道としてのかっこよさが遺憾なく発揮されている。北島を慕っている純平の描写もまるで子犬のようではあるが、家族の愛をあまり知らずに育った彼にとっては文字通りの兄貴だったのだろう。その彼が鉄砲玉として任命され、それを実行するまでの3日間が主なストーリーの内容となっている。
もちろん鉄砲玉となって相手を殺せば、刑務所入りは免れない。それを覚悟の上の3日間なので、思い存分娑婆を満喫するための猶予であるのにあまり実感がないのか、読み手側が「今そんなことしなくてもいいのに」というような気分にさせられる。純平というキャラクターがそもそもなにかほっとけないというか、年下の友人のようなそんな気にさせられてしまうのだ。

ヤクザものなのになぜか笑ってしまうようなシーンの多さ

映画でも小説でも個人的にはあまりヤクザものを見ることはない。特に映画は直接視覚に働きかけるものだから、暴力描写に衝撃を受けたりするのがいやだという単純な理由(最近それを忘れかけていて「凶悪」を見てしまったが、始まって10分程度で耐えられなくなった)なのだけど、この小説に限ってはそのような描写はさほどない。それよりもむしろ一生懸命すごんでみせる純平の側にたってハラハラさせられたりしてしまう。そんな彼もその猶予というべき3日間で今までしてきた以上の様々な体験をし、なぜかどんどんその男ぶりというのかヤクザぶりというのか、そういうのものが上がっていく。しかし、まるでいっぱしのように振る舞いながらもなぜか目が離せない危ういところも常に同居している。ヤクザものでこれほど主人公に感情移入(同感するというのでなく、側にたって気をもませられるような)したことはあまり記憶にない。なのでとても新鮮に最後まで読むことができた。

登場人物の多彩な魅力

無銭飲食でたかられた挙句最後まで付きまとわれることになった謎の老人。彼は結局純平に何を伝えたかったのかあまりよくわからないのだけど、いいキャラクターである。元教授であるから弁もたつので妙に心に残るセリフや名言をつぶやいたり、学のない純平にさえ興味をもたせるところはその老人の魅力に他ならない。
あと債権回収のときに知り合った別の組の若者で同じ年だということで意気投合した信也。この2人の描写は後半時々出てくるのだけど、いくらチンピラといっても若者であり、その人恋しさはあまり変わらないのだなと微笑ましく思ったところだ。
逆に純平が田舎に帰ったシーンで、最初は良かったのに気合が入りすぎたのか、昔の仲間と壁ができてしまったような、もう2度とは普通には会えないようなシーンがある。あそこは誰も悪くないだけに、切ないようなこそばゆいような、そんな気持ちになった。
個人的に印象に残ったのは、コインランドリーで出会ったゴローである。彼の登場回数は実に少ないのだけどその存在感は他の人物と負けていない。寂しげで儚く、そして穏やかでたゆたうような、不思議な存在感が彼にはある。もっと彼は出てきて欲しかった。
また女の子2人と知り合うが、その2人のいさぎ良いくらいのバカっぷりが逆に気持ちよく、好感がもてた。中途半端だとただ見苦しいだけだったかもしれないが、あそこまでくると妙に親近感が沸いてしまうものなのかもしれない。
あと人物ではないけど、食べ物の描写もよかった。焼肉ばっかり食べてるのにおいしそうで、こちらも焼肉が食べたくなった。寿司屋やステーキ屋などは食べてみたくとも敷居が高すぎて落ち着かないだろうという気持ちもよくわかる。21才での精一杯の贅沢と言った感じでなにか初々しさというかそういうものさえ感じたりした。

なくてもよかったなと感じるところ

純平に感情移入してしまう分、どうしてもいらなかったのではないかと思えるところがいくつかある。カナが純平が鉄砲玉となってしまうのを止めようとして(それも本気なのかどうかわからないが)ネット掲示板にスレッドをたてるところ。様々な意見が飛び交うのだけど、ネット上だという表現であろうカッコ書きなどは読みにくかったし、ましてや当然荒れるだろうこのスレッドの中のつまらない意見や、悪意、横槍同士のケンカなどは、現実でもそうだけどあまり読みたくないところだった。その上結局最後までこのスレッドを立てる必要性がわからなかった。でも逆に、これで「考え直し」てしまうのではないだろうなと若干ハラハラしたところでもある。あと最後シークレットパーティなるものに行くところ。娑婆を満喫するには自分の行ったことのないところに行くのはわかるのだけど、決戦を次の日に迎えて薬を決めて飛んでしまうところは残念な展開だった。純平にはそういうものには手をつけて欲しくなかったという気がしたので、この最後だけはあまり好きではない。

奥田英朗の作品の印象

彼の作品では「イン・ザ・プール」や「空中ブランコ」などの短編集や「サウスバウンド」「ララピポ」など読んだが、どれも軽快で読みやすく描写もシンプルで、その描写によって想像をしやすい話が多い。特に「イン・ザ・プール」などの精神科医伊良部シリーズは、気持ち悪いのだけどなんだか気になるその人柄が妙に癖になってしまうような中毒性もあった。また彼は現代の若い男性像を描くのがうまいように思う。その描写はリアリティのある存在感を伴い、どこにでもいる若者を実にうまく描写している。
今回の話も、育ちは複雑ながらもそれほど暗い心根でなく妙に愛されるチンピラという主人公をうまく作り上げているように思う。

表紙の絵が表すこと

ストーリーが進むにつれ、21才の彼が鉄砲玉になって刑務所に行くということを、考え直さないで!と思いながら読んでいる自分に気付く。もちろん殺人は悪いことだけれども、なぜか周りのそういった意見はなにひとつ純平の心の底まで届いておらず、まったく彼をわかっていないようなそういう気にさせられるからだ。そういう意見で自分を変えることはないと思ってしまうのかもしれない。唯一純平の心の泉にさざなみのようなものを立てることができたのは、元教授の言葉とゴローかもしれない。元教授は純平のことをまるで否定しなかった。あの飄々とした感じは純平の周りにいなかっただろうし、彼の話す言葉は純平の知的好奇心をほどよく刺激し、新しい可能性の世界を見せたのかもしれない。また彼の話す口調やその言い回しは独特で、まるで歌を歌うような心地よさもあり、純平でなくとも聞き入ってしまいそうになる(実際元教授を拉致したヤクザもその話しぶりに聞き入っているシーンがある)。ゴローは別に純平になにも言ったりしなかったけど、あのどこにも所属していない感じは純平にとって、まるで神聖なもののように映ったのではないだろうか。
ともあれ結局は純平は無事考え直さずに鉄砲玉としての任務を決行する。それが成功したのかどうかはわからないまま物語は終わる。なので想像するしかないのだけど、この小説の表紙には恐らく純平であろう若者が涙をこらえているような絵が描かれている。ここから考えるともしかしたら失敗だったのか。最後までそれはわからない。

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