若干軽めのクライムサスペンス - 青の炎の感想

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青の炎

4.254.25
文章力
3.50
ストーリー
4.00
キャラクター
3.25
設定
3.75
演出
3.50
感想数
4
読んだ人
12

若干軽めのクライムサスペンス

2.52.5
文章力
2.0
ストーリー
3.0
キャラクター
1.5
設定
2.5
演出
2.0

目次

物語への引き込み感の弱さ

ネットスラングで“中二病”というものがある。ネットスラングだけにどうしようもないものも多いのだけど、この“中二病”という言葉は“病”という言葉を使うことによって実にうまく思春期の頃にやりがちな自己愛的、自己満足的な言動を表していると思う。主人公の男の子は高校2年生でありながら冷徹な理性と知性を備え、自宅ガレージを自ら改造した部屋に籠もり日々調べ物をしている。それは母親の元夫を殺すために。こういった元々のストーリーは決して悪くないと思う。でも彼のしゃべり方や、時折差し込まれる英語(はいいのだけど英語である必要が感じられない故の違和感)、篭ったガレージではバーボンをあおり…といった設定がどうしても“中二病”の少年を想像させ、読む気が萎える。この物語への引き込み感の弱さは貴志祐介の本では、特に冒頭部分によく見受けられる(もちろん100%主観だけど)。その読み手の気持ちを萎えさせるのは、いつもこの“中二病”感なのは間違いない。「悪の経典」や「雀蜂」でもそれはあった。それでもなんとなく(我慢して)読み進めていくと、それなりの勢いがでてきて最後まで読んでしまうというのがパターンで、今回もそうだろうと思っていた。ところが今回のはいつまでたってもそれがまとわりつき、なかなか物語に入り込めなかった。高校2年の男の子が会話で語尾が「…だが」とか「…だ」とかましてや「微に入り細をうがって?」などと言う話し方をそうそう使わないだろうし、カッコ書きでそのようなセリフが続くとどうしてもむずがゆいような、一旦本を置きたくなるような気持ちになってしまう。いきなり「A leap in the dark…」などと想念とは言えこういう言葉が浮かぶのも。このあたりはちょっと苦笑いしてしまいそうになった。自らの犯行に名づけた作戦名にもそれは感じられて、どうにもなかなか感情移入できにくい始まり方だった。

犯行後の幼さゆえの拙さ

とは言え、この作者は人の悪意の描写はうまいと思う。ところどころそういった“中二病”的な描写さえ目をつぶれば、主人公秀一が殺人を犯さなければならない理由が見えてくる。それは母親の元夫。離婚済みなのになぜか家に入り込み、酒をあおっては暴言をはく最低な男で、この男ゆえに家族みなの幸せは蹂躙されている。この男曽根のひどさは念入りに描写されており彼の黄疸の進んだ顔色や目、汚い歯並びまで目に浮かぶ様だった。曽根を殺害後、証拠を握った元友人拓也も殺そうと計画するところはなかなかリアルで、一人殺してしまったら後は転がり落ちるように次が簡単になってしまうことがよくうかがえた。
またいくら冷静沈着といえど高校2年生。やり遂げたあと様々な想定外の失敗を繰りかえす。特に犯行後のぐだぐだ感はハラハラさせられた。やはりそこは幼さゆえの拙さなのか。それでも前述した彼の話し方や態度は変わらないため、そういう事態に陥った彼の心の機微をもっとわかりたかった。
秀一は曽根を殺すために、法医学を勉強したり鍼を勉強したり様々な薬品を調べたりと、幅広い分野の知識を手に入れようとしている。そしてこのあたりは私にあまり知識がないのでよく書き込んでくれるとかなり知的好奇心が刺激されるのだけど、ちょっと文章が読みづらくてなかなか頭に入り込んでこなかった。まさか資料文献をそのまま写しているわけではないだろうけど、噛み砕いた表現がない上に作者特有の句点の多さが重なり、余計読みづらかった。

母親の態度の謎、息子が殺さなければならかった理由

いくら曽根に秀一を殺すと脅されていても、なぜ家にあげて世話をしなければならなかったのかは最後まではっきりしなかった。自分は働きにでているのだからどっちみち彼を守ることはできないし、実の娘の親権を曽根に取られることを心配しているなら、あの状況ではそれはあり得ないことということくらい素人目にもわかる。秀一が呼んだ弁護士ともそれほど実のある話をしたとも思えない。どっちつかずの母親の態度が、秀一をぎりぎりに追い詰めた原因の一つといっても過言ではないと思う。外道の一言で表すことができないくらいの存在である曽根が家にいること自体どれほど家族に悪影響を与えるかくらいは誰でもわかるのに、勝手に家にあげて自分は働きにでかけられる神経が私にはちょっと理解できなかった。これが離婚できていない父親ならまだわかるけれど、離婚済みということはすでに他人でその他人に家に居座られていること自体恐怖だと思うのだけど。この辺りもっと深い理由があるのかもしれないけど、私はそこまでわからなかった上、この母親自体まったく好きになれなかった(見た目は完璧なのに味がもうひとつという料理を作るという設定も、なにか気持ち悪い)。
この母親は曽根が末期がんであと余命わずかということを知っていたのだろうか。だからこそ曽根のために酒を絶やさなかったのだろうか。知っていても知らなくとも、曽根を出て行かせるために必死になっていた秀一に自分の気持ちをどうして説明してやれなかったのか。秀一の性格だと母親や小さな妹を守るために極端な行動に行くということくらいわかりそうなものだけど、母親はそこまで至らなかったのか。どうしてもこのあたりは納得がいかない。

秀一の彼女 紀子

秀一の母親や妹が「きれいな人」と言うのだから、設定はきれいな子なのだろう。街を歩いていると人が振り向くという描写もあったし。それにしては全然きれいという感じが伝わってこない。見た目はもとより話し方にもあまり魅力が感じられず、秀一がなぜ彼女を選び好きになったのかということもあまり分からない。たとえばだけど「ノルウェイの森」の直子なんかだと、その行動のひとつひとつから彼女の魅力が立ち上っている。顔はもちろんきれいなのだけどそれ以前に、彼女の周りの空気の清浄さとか言葉の選び方やそういった様々の要素から彼女が美しいということがわかる。そういったものが今回のヒロインにはあまり感じられなかった。そういえば、「鍵のかかった部屋」の登場人物、青砥純子も美人という設定の弁護士だったけどもその魅力は全然伝わってこなかった。もしかしたらこの作者、女性を描くのは苦手なのかもしれない。

衝撃のラスト

最後の話の進み方からして、もしかしたら夢オチなのか?という感じがしたけれど、やはりやってしまったことに対しての責任はとらなくてはならなかった。が、取調べのときの若手の刑事。事故の背景も知らずにしかも未成年相手に(未成年だからこそなのか?)あんな横柄な態度で取り調べるものなのかどうか、ちょっとリアリティに欠ける気がする。秀一の冷静な態度が火に油を注いだのかもしれないけど、それにしても沸点が低すぎてどうにもいらだった(こういう感情のざわつきが貴志祐介の本を読んでいるとよくある)。いい刑事と悪い刑事という設定をこんな高校生に使うこともないだろうと思うし。ここは少しひっかかったところ。
そしてラストは、冷静沈着で試験勉強が気分転換というほどの頭脳の持ち主なのだからもう少し何か回避する方法があったかもしれないだろうと思わせるくらいの急展開だった。最期を決心した心の推移の描写はもう少し欲しかったようにも思う。
紀子に別れを告げるとき、紀子への好意は全て嘘だといったのはもちろん嘘だろう。死ぬつもりの自分を忘れさせるための最後の優しさなのかもしれない(少し使い古されている手のような気もするけど)。騙され利用されていたことがわかってもまだ俺を許すのかと驚くところはまた若干“中二病”くさくもあったけれども、そこは恋する乙女は皆そうなるだろうということを秀才の彼はわからなかったのだろうか。そこはやはり幼い故なのかもしれない。
なにも死ぬことはないだろうとどうしても思ってしまうけれど、それはもしかしたら彼の最期の美学だったのか。高校2年生が何もかも背負ってしまい自爆してしまったような少し切ないラストだった。

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他のレビュアーの感想・評価

私が読んだ小説の中でトップレベルの面白さです

貴志祐介さんの作品は本当にはずれがなく、大好きな作家の一人です。東野圭吾さんのようなトリックものも書ければ、鈴木光司さん(リング)のようなガチホラーも書けますし、ファンタジーのようなものまで書けるので、幅広く才能を発揮している作家さんです。どれも面白いのですが、本作はトリックもの+青春ドラマという新しい試みで、ミステリーの中でも甘く切ない気持ちを感じる作品です。本作は、頭のいい男子高校生の秀一が、家に居座っている粗暴な元夫から母親と妹を守るために完全犯罪を実行していくという倒叙型ミステリー(犯人の視点で書く形式)です!その中で、彼女との青春ドラマや色んな葛藤があり、様々なドキドキが楽しめます。私の最も好きなシーンは、最後別れのシーンで、ヒロインの紀子に「じゃあ、わたしが好きだっていうのも嘘?」と聞かれ、本当は好きなのに「ああ。嘘だ」と答える場面です。初めて小説で涙しました。家族との別れ...この感想を読む

5.05.0
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