ジョーン・スカダモアの改心は誰からも期待されていない - 春にして君を離れの感想

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春にして君を離れ

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ジョーン・スカダモアの改心は誰からも期待されていない

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目次

ジョーン・スカダモアはなぜラストで改心しないのか


『春にして君を離れ』は、ジョーンの自己認識がどんどん変化してくるという作品である。ジョーンは最初自分のことを「良き妻」「良き母」であると思っているが、砂漠のど真ん中で立ち往生しているうち、次第に自分がしてきたことが他人にどんな風に受け取られていたのか認識を改める。

クライマックスでは自分の行為を恥じ、家族(とくに夫であるロドニー)に対する申し訳なさでいっぱいになる。つまりはジョーンは自分を「善人」から「善意を装った悪人」であると自覚するのだ。しかし、結局イギリスに戻った彼女はもとにもどってしまう。つまりは自分の中の「悪い部分」を無視して、日常に帰るのである。

この結末はどういう意味があるのか。ジョーンのような「自分の悪意に無自覚な」人間は、一時の気まぐれで自分の行為を反省しても、最終的に変わることはできないというクリスティの皮肉なのか。

ジョーンの改心は読者にも他の登場人物にも期待されていない


この作品の仕掛けの素晴らしいところの一つは読者には最初からジョーンの「善人ぶった」部分が分かるようになっているというところである。

ジョーンにとっては良い行為と信じて疑わない、夫への助言、娘への配慮が、そう信じているジョーン自身の回想にも関わらず、読者から見れば、「いやー、それは大きなお世話だ」「娘さんはこれじゃあ反抗しちゃうよ」と感じられるように巧妙に書いてある。

こういうタイプの人間を読者は現実にも思いうかべられるはずである。おせっかいで、自分を疑わない人間。

では読者はこんなジョーンに改心を期待しているのか、というと実はしていないんじゃないかと思う。砂漠の真ん中で確かにジョーンは自分を見つめなおした。家に帰って、ロドニーに、娘たちに詫び、ハッピーエンドになったらそれは読者にとって満足な結果だろうか。

現実にジョーンのようなタイプがいることを知っている私たちは、「いや、あの人がそんなに簡単に変わるわけないだろう」と思うのではないだろうか。そして、ジョーンが結局は変わらなかったことに逆にリアリティを感じるはずだ。改心し、許されるジョーンを誰も期待していない。

それは読者だけでなく、『春にして君を離れ』の登場人物にも言えることだと思う。もし、ジョーンが自分の過去の行為について謝りだしたら、ジョーンと比較することで位置づけられていた人々の地位が揺らいでしまうからだ。

レスリー・シャーストンとロドニーの恋愛関係にはジョーンの存在が必要


作中で明確な不倫行為があったわけではないが、確かに心は結びついていただろうと思われるレスリー・シャーストンとジョーンの夫ロドニー。

レスリーはどうみてもジョーンと正反対のタイプである。地味ではあるが、犯罪者である夫と息子たちを支え病と闘いながら明るく生き抜いたレスリー。彼女は確かに読者にとっても魅力的だが、坊ちゃん気質に見えるロドニーはジョーンがいずともレスリーを女性として愛することができたのだろうか。

ロドニーは農場経営にあこがれていたが、ジョーンはこれを一笑に付した。それに対しレスリーは園芸趣味があり、ロドニーとの話もあう。身の回りや体裁を気にするジョーンという存在にロドニーが疲れ切っていたことは、読者に示唆されている。自分の身をかまうことなく生活に奔走しているレスリーはロドニーにとっては癒される存在だったろう。

しかしこれらの魅力はやはり、ジョーンと比較したうえで高められているように思う。もし、ジョーンという妻がいなかった場合、ロドニーはレスリーと恋人あるいは夫婦になっただろうか。ジョーンがいたからレスリーとロドニーの関係は燃え上がったのだろう。そして美しいまま終われた。これがラストでジョーンが「私が悪かった、あなたがレスリーにひかれるのは当然だ」などと言い出したら、この恋愛関係はきっとロドニーにとってかなり居心地の悪い思い出になるだろう。

良き夫にしてラスボス、ロドニー

『春にして君を離れ』のラストでのロドニーの心の声はこうである。
「君はひとりぼっちだ。これからもおそらく。しかし、ああ、どうか、きみがそれに気づかずにすむように。」


ロドニーがジョーンの改心を望んでいないことを強烈ににおわせる部分である。ロドニーはジョーンが善意と信じているものが周囲にどんな影響を及ぼしているかよくわかっていながらそれを放置している。

ジョーンと娘たちとの諍いはロドニーがうまく立ち回って収めている。次女バーバラは不倫の事実を父にだけ手紙で伝えている。ロドニーはこれをけしてジョーンには伝えない。ジョーンがいることでロドニーは「母とは違う良い父親」を演じることができる。

ロドニーは心の底ではジョーンがひとりぼっちであることに気づいていながら、君には僕がいると偽りの安心を与えている。そうすることで彼はジョーンを籠の鳥にしているのである。人は、相手より優位な位置にいたいという願望を持っている。ジョーンが自分の世界に満足している限り、ロドニーはジョーンよりよき伴侶、良き父親でいられるのである。

もしラストでジョーンが反省したら、ロドニーは自分の弱さとも向き合わなくてはならないだろう。良き母に生まれ変わろうとしているジョーンの前で、自分だけが知っている娘の秘密を隠せば罪悪感が発生する。ロドニーの気持ちをくもうと努力するジョーンに対して、レスリーへの恋愛感情を忘れないことも同じであろう。

そして、農場経営。実はこの件に関しはジョーンが正しいのかもしれない。儲からないし、借金を背負うリスクもある。ジョーンが農場経営をやってみたらといいだしたら、ロドニーは安定した職を捨てて、これらのリスクと向き合わなくてはならないのだ。

相手の悪いところを放置しながら愛するというのも一つの愛の形である。ただしそれは相手を思いやっての愛ではない。相手を不完全なままとどめることで自分から離れていかないように拘束する共依存タイプの愛である。一見穏やかな良き夫、ロドニーにはそれが感じられる。だからロドニーはこの作品中だれよりもジョーンの改心を望んでいないのである。

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