今までにない人気作家集結のジョイント小説(本作にぴったりの二曲を添えてみた) - 彼の女たちの感想

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彼の女たち

4.204.20
文章力
4.00
ストーリー
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キャラクター
3.50
設定
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演出
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今までにない人気作家集結のジョイント小説(本作にぴったりの二曲を添えてみた)

4.24.2
文章力
4.0
ストーリー
4.0
キャラクター
3.5
設定
5.0
演出
4.5

目次

人気作家がそれぞれの視点で描いたジョイント小説

アンソロジーの短編集というのは、よくある。
同じテーマを基に、あるいは、まったく関係のないテーマで、複数の作家がそれぞれの物語を紡いでゆく小説は、ありふれている。これはこれで面白いし、飽きがなくて読んでいて楽しい。
だけど本作は、アンソロジーとは一線を画している。まったくの別物。
たったひとりの男の半生を、人気作家がそれぞれの視点で描いたジョイント小説なのだ。
この面白い企画に加わったメンバーは、嶽本野ばら、角田光代、唯野未歩子、井上荒野、江國香織。
この錚々たるメンバーにして、面白くないわけがない!

本作の最後に記載されている座談会で、作家たちが述べているように、この作品は、ひとりの男-Jについておおよそだけを設定し、その後は、バトンリレー形式で描かれている。
嶽本野ばら→角田光代→唯野未歩子→井上荒野→江國香織の順で、前作者が決めた登場人物や設定、世界観を、打ち合わせなしに描いていく。
ジョイント小説と言えば有名なのが、江國香織と辻仁成の『冷静と情熱のあいだ』を思い浮かべる人も多いと思う。
月刊誌に、まずは江國香織が“あおい”の視点でストーリーを書き、次に辻仁成が“阿形順正”の視点で書くという、まるで交換日記のような形をとりながら書き上げていった小説だ。
このときもおおよその打ち合わせはしていたそうだが、前者が描いた内容が、かなりの確立で、打ち合わせとは違っていたという。そこを技量と才能でカバーして、物語を紡ぎ、次へとバトンを渡す。
本作もそう。同じ人物を描いているはずなのに、作家5人の視点がまるで違ってみえた点。人が5人集まれば、5人それぞれの世界がある。
長編を読んでいるはずなのに、5つの上質な短編を読んでいるような、なんとも贅沢な小説集だった。

みんなそれぞれに、Jに想いを抱いているが

本作は、パンクバンド“ガーゼ・スキン・ノイローゼ”のボーカリストであるJと、5人の“女”たちの物語である。
第一章である嶽本野ばらの短編だけを読むと、一見すると、Jとファンクラブのメンバー5人の話なのかと思えるが、実際はそうではない。

・かつてピンサロ嬢だった、まりん(36)
Jと結婚してJに人生を奉げた田端信子(35)
Jを父だと思っていた林菊子(17)
・ファンクラブの仲間に、高校生だと年齢を偽っていた千谷伊香(43)
Jと同じ会社で働く百田いずみ

 年齢も、青春を生きた時代も違っているけれど、みんなそれぞれに、Jに想いを抱いている。
それが恋なのか、憧れなのか、本人たちもきっとわかっていないのだろうけれど、まるで何かに取り憑かれたように、Jに夢中になっていく5人。
座談会で、Jはある意味まぼろしみたいなものだと、井上荒野は言っていた。
物語の最後、江國香織は、登場人物である百田いずみに、Jのいた世界はまったく奇々怪々で、「捨てたの」だと言わせている。
まぼろしのように過ぎていった時代も、現実なのかどうかもわからない狂った時も、彼女たちは全部、捨てたのだ。

5人の作家の座談会も面白い

この小説は、物語もさることながら、最後に添えられた5人の作家の座談会も面白い。
“『彼の女たち』はどうやってできあがったのか”というテーマで、企画誕生から制作の過程まで、みなが色んなことを話している。
江國氏と井上氏と角田氏が、飲みの席での雑談中に、ひょんなことからスタートしたというこの小説。
Jがパンクバンドの売れないボーカルであるということ。
18年後に、女たちが同じライブ会場に集結すること。
たったそれだけの設定でスタートし、完成まで辿り着いたことを明かされて、人の想像力の奥深さには敬服した。
また、パンクロックというロックの中でも敬遠されがちな分野を、専門である嶽本野ばらがわかりやすく説明している所も、勉強になった。

 座談会の中で、Jはどんなルックスなのか?という話題に触れている部分がある。
イエモンの吉井和哉だったり、山田洋次作品に出てくるような工員だったり、清志郎は神だから対象外だと言ってみたり。
みな、てんでばらばらなことを言っているけれど、結局はこの人!という人が出てこなかった。
私自身も色々考えてみたが、Jを現存するロックアーティストとかぶせるには、はなはだ無理があると思う。
パンクパンクだと言っていたのに、結局誰よりも一番パンクになり切れていなかった出来損ないの男、J
セックス・ピストルズのジョンでもなく、ブルーハーツの甲本ヒロトとも全然ちがう、Jは一発屋の腑抜け野郎なのだ。

本作にぴったりの二曲を添えてみた

ルックスはまったく程遠いけれど、曲だけ添えるなら、Jは、Sex PistolsGod Save The Queenか。
現代に聴けば、てんで非現実的な歌詞自体がもう“まぼろし”で、No future for meはまさにJのこと。YouTubeを観れば、ビール片手に歌うジョンは、自堕落の象徴だ。
5人の女性にぴったりなのは、Avril LavigneWhy
Tell me, are you and me together?
Tell me, do you think we could last forever?
想いのほどはどうあれ、みんなそれぞれJに想いを抱いている。アヴリルの声の透きとおった切なさも、切実さも、若かりし頃の5人のようで、あなたと私はまだ一緒にいる?ずっと一緒にいられる?ねえ、教えて。

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