描かれる世界の色、映像美、ゴシックホラー。これぞまさにティム・バートン。
鬼才ティム・バートン。独特に描かれる世界、キャラクター、ゴシックホラーの王道。
今作は有名なミュージカルである「スウィーニー・トッド」をティムが独自に映画として創り上げた作品。お得意の世界観、お馴染みのキャスティング、どれをとってもまさにティム・バートン。ほの暗さは一級品。言うことなしである。
(かくいうわたしは実はジョニー・デップが大好き。というか、ティムとジョニーのタッグが好き。ヘレナさんも好きです、勿論。そしてミュージカル。みんな大好き19世紀のヴィクトリア時代。なんて美味しい。見ないはずがない…好き…ジャケットから既に好き…)
閲覧前に一つ気になったことと言えば、この作品はティムの手がける映画の中で日本初の「R15」として取り扱われている。一瞬でも「R15ってどっちの意味だろう」と考えてしまった私。お恥ずかしい。しかしその疑問はすぐに吹き飛ぶ。血が面白いくらいに吹き飛ぶのだ。(鋭利な剃刀で人間の首を掻き切るのだから当然である)
しかし流れる血やその量は決してリアルではなく、「作り物だ!」と見てわかる。地下に落とされたり掻き切られる死体も同じく。だからこそ、グロテスクさが引き立たされているように感じた。(実際にあんなに血が吹き飛んだらどうしよう、と漠然とした不安感に襲われた私)
彼らは歌手ではない。だがそれがよい。
これは括りこそミュージカル映画であるが、携わった役者の多くが「俳優」である。一般的なオペラ映画のように気迫溢れる歌唱シーン、というのは確かになかった。なかったが、逆を言えば「歌に頼る」こともなかったように思える。「歌を聴かせる」というシーンがなかったとも言える。
彼らは皆、表情の演技が凄い。ありきたりな言葉だが、圧巻である。瞳の動き、眉間、きゅっと結ばれた唇、言葉がなくとも、ピントが合っていなくとも!彼らの感情は常に渦巻いていた。
ジョアナの美しさと纏う哀愁に一目で惹かれ、羨望とも愛欲ともつかぬ眼差しで窓越しに彼女を見つめるアンソニーの瞳。憎きターピンの喉元ミセス・ラビットが我が子のように可愛がっていたトビーと愛する男(というよりも今の生活)を天秤にかけ、その子供の命をあきらめた時の潤む瞳…そして、愛していたはずの妻の亡骸を抱え、絶望と空虚に満ちた空っぽのスウィーニーの瞳…
目は口以上に物を言うのである。ミュージカルでありながら、歌は引き立て役なのか…と。この作品に関しては、歌の最中でさえ歌よりも表情に注目すべきでは、と言いたい。
しかし、ジェイン・ワイズナー(ジョアナ)の歌声は素晴らしい。当時は音大の学生だった彼女だが、その容姿、演技、歌声…どれをとっても本当に素晴らしい。(何より可愛い)作品の中で振り返れば、一番報われなかったのは彼女かもしれない…。あの悲しみの先、彼女にどんな人生があったのか、今でも知れるものなら知りたい。
静かに崩壊していくスウィーニーの心。ジョニーの演技は本当に素晴らしい。
ジョニー扮するベンジャミン…もといスウィーニーの心はどんどん疲弊して、家族を愛した心もその記憶さえも復讐が膜をかけて霞ませてしまう。最終的に彼は誰の言葉も、誰の姿も捉えられない「殺人鬼」として惨めな最期を迎える。ベンジャミンは、既にどこにもいなかったのだ。
彼の心を救えただろう言葉は、作品内にいくつもいくつも散りばめられていたのに。最後の最後まで差し伸べられた救いの手はあったのに。ほんの少し顔を上げて前を向くことが出来れば、スウィーニーも、ミセス・ラベットも、トビーも、ルーシーもジョアナも、違う最期があったに違いない。
皆が救われなくても、誰かを救うことは出来たかもしれない。
愛していたはずの妻をその手にかけてしまった気付かせたのは、皮肉にも罪のない人々を焼き殺したオーブンの光だった。咄嗟に触れたその頬は、きっとまだ温かったに違いない。束の間の沈黙、彼は一体何を思ってその頬を撫ぜたのか。
ミセス・ラビットの言葉に「嘘」はなかった。愛欲のためとはいえ、彼女も彼を救いたかったに違いない。そして直後、不気味なまでに清々しい笑みを浮かべた彼は言う。「過ぎたことは仕方ない」と。
何を思って?誰に対して?そんなことを感じ取る暇もなく、彼は衝動のまま、彼女を焼き殺してしまう。その瞳にはほんの一瞬、失ったはずの感情、怒りが、悲しみが、後悔が、揺れていた。
復讐という黒いヴェールに覆われた彼にとって灯火となったのは、あんな姿になっても思いを寄せてくれた身近な女性の愛でもなく、愛していた妻や娘の美しい金の髪や柔らかな笑顔でもなく、鮮血に染まった銀の剃刀の鈍い輝きだけだったのだろう。
(彼自身が再び人の愛に触れることを心の底で恐れ、自覚も出来ないまま他人を拒絶し、無機物である剃刀に自分の想いを全て託していたようにも思える。彼は作中、決して人の肌に触れようとはしなかった。彼が自ら意を持って触れたのは、妻の亡骸だけである)
どうにも歯痒く、物悲しいが、このストーリーは完成されている。
私たちの心に重く圧し掛かる鬱々しさ、それ故に美しいのだろう。
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