「太った娘」について 本作では不発だが、後の有名ヒロインへのステップ? - 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランドの感想

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世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

3.633.63
文章力
4.13
ストーリー
4.13
キャラクター
3.50
設定
3.88
演出
3.63
感想数
4
読んだ人
13

「太った娘」について 本作では不発だが、後の有名ヒロインへのステップ?

3.53.5
文章力
4.0
ストーリー
4.0
キャラクター
2.5
設定
4.0
演出
3.0

目次

迷走するヒロイン像

過去、村上春樹作品のヒロインについて何度か考察してきた。

私の勝手な位置づけだが、村上作品最高のヒロインは1987年執筆の「ノルウェイの森」の直子と緑、翌88年「ダンス・ダンス・ダンス」のユミヨシさんの3人だ。

この3人は作品の必然性とキャラクター性、描かれる場面が全てマッチしており、読者にどのように映るか、という点でも計算されつくしており、村上春樹の巧みさが存分に発揮された、と言える。

※本サイトの「羊をめぐる冒険」の耳が美しい女性(キキ)での失敗、「ダンス・ダンス・ダンス」のユミヨシさんの成功例などを記述しているので、是非検索して読んでいただきたい。

さて、本作品には世界の終わりサイドで 「影が無い女の子」、ハードボイルドワンダーランドサイドで「太った娘」と「図書館のリファレンスの女の子」が登場する。

「リファレンスの女の子」は個性が薄い点で直子、緑、ユミヨシさんにやや劣るが、作品にマッチしつつ、楽しく美しいという点で成功例に入ると思う。

彼女の場合、まず一角獣の情報を「私」にもたらす存在として、知的でなければならない。

図書館のリファレンス係という設定と、「私」が求める書籍の検索方法、ピックアップした本の概要を述べる能力などでその点を十分クリアしている。

また位置づけとして、「私」の性愛の対象となっているので、美しく個性的である事が好ましく、その点も「胃拡張」であり「重機関銃で納屋をなぎ倒すような、凄まじい勢いの食欲」を持ちながら、「美人だったし、親切だったし、頭も良さそうだったし、詩の題のようなしゃべり方をした」という記述で十分に条件を満たしている。

また、全編に「私」がひどい目に合う作風の中で、緊張感が少ないシーンで出てくる、という点でも、読者としては彼女に好感を持つ仕組みになっている。

出すぎないのに好印象という位置づけが、後のユミヨシさんに繋がったと言えるかもしれない。

一方、登場シーンが最も多い「太った娘」。彼女は本作以前に書かれた「羊」のキキに次ぐ失敗ではないだろうか?

以下、その失敗の要因を考察する。

※世界の終わりサイドの「影が無い女の子」は心が無いという設定のため、本考察では無視する。

特異な体形、17歳という半端さ

登場シーンで「若くて美しく太った女」と形容される彼女、主人公「私」も興味は持つがこの特徴に「混乱」している。

その上、物語上の効果を狙っているのか、「音抜き」に寄って会話が上手く成り立たないシーンが続き、読者としては冒頭から登場するこの女性に警戒してしまう。

続いて、サンドウィッチが美味しい事や会話が通じなかった種明かしがあり、彼女が再登場して警戒を解く展開になるかと思いきや、17歳という予想外にいさという情報、計算士への質問、性生活への質問と続き、保留のままそのシーンは終わってしまい、「私」も読者も彼女をどのように受け入れれば良いのか、分からないままだ。

そうこうするうちに上記のリファレンスの女の子が登場し、おいしいシーンは全て彼女が担当し、太った娘はトラブルを運び込む役割を担い続ける。

その後も太った娘を見直すチャンスは描かれない。

そのようにして太った娘=面倒なキャラという構図のまま終幕まで走ってしまった。

セックスへの奇妙な興味

17歳で外界とのつながりが無いのに、彼女が積極的に発するのはセックスへの興味、という点もあまり説得力が無い。

しかも再三性交を誘うものの主人公が最終的に受け入れるシーンが無いため、結局どうでもいいという印象がぬぐえない

とは言え、この失敗は後の「ノルウェイの森」の緑で生かされている、と考えれば太った娘は緑を撃見た目の大いなる修作として受け入れるべきなのかもしれない。

以降も話を進めるためのキャラ

「実は自体の詳細を知っていたのに黙っていた」という事実も後半に明らかになり、事態を生み出した祖父をかばう言動も多いため、読者は彼女の存在自体に「もういいよ」と言いたくなる。 

結局「私」を導きはするが愛してはいない

その上、数時間で消滅してしまう「私」の時間が彼女の服を洗濯することで奪われるというシーンまで書かれてしまい、結局彼女に共感するシーンは一切ない。

主人公を冷凍して復活の機会を作るのも、意識が戻ったら寝る約束をするのも、彼への愛情ではなく自分の興味という印象しか見えないままだ。

もしクライマックスを変更できるとすれば

リファレンスの女の子と公園で別れた後の電話での会話シーンを、物理的に会うシーンにして、彼女が看取る中で意識が消滅する。その様を見て太った娘は、今まで感じた事がなかった心の震えを覚え涙する。

というシーンを挿入してはどうだろうか?

ポジションとして事情を全て知っていること、地下での苦難をともにしていることなどから、彼女との関係(性的な事は除くとしても)はいくらでも逆転でき、心に残るキャラクターに昇華できたたはずだ。

その特異な設定、ち密な表現、息を突かせぬ展開などから、傑作と評されることが多い本作品だが、上記の点が今一つ考慮されていれば、より感動できたのではないだろうか?

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なぜか読むのが遅れた作品私が初めて読んだ村上作品は「1973年のピンボール」だ。確か中学生の頃だった。そこから「羊をめぐる冒険」や「ダンス・ダンス・ダンス」など食い入るように読んだのだけど、なぜかこの「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」だけが抜けていた。手に取ったのは働き始めてからくらいだったと思う。なぜ読んでいなかったのかわからないけど、逆にまだ読んだことのない村上作品があったことがうれしかったことを覚えている。もちろんそのまますぐ買って、家の本棚に並べられることになった。もともと気に入った本は何度も読み返すタイプなので、ボロボロになってしまい買いなおした村上作品は少なくない。前記したタイトルしかり、「ノルウェイの森」しかり「パン屋再襲撃」しかりだ。そしてこの本も2度ほど買いなおしている。読むのは遅れたものの、気に入っている村上作品のひとつだ。同時に進行する2つの物語この...この感想を読む

5.05.0
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