イヤミスの代名詞、真梨幸子の原点 - 孤虫症の感想

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孤虫症

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イヤミスの代名詞、真梨幸子の原点

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目次

イヤミスの女王、真梨幸子デビュー作

本作は、言わずと知れたイヤミスの女王、真梨幸子のデビュー作にしてメフィスト賞受賞作。メフィスト賞は講談社が主催する新人賞で、『究極のエンターテインメント』『面白ければ何でもあり』をコンセプトとした他に類を見ない独特の賞です。最初の受賞者は『すべてがFになる』で有名な森博嗣。その後も乾くるみ、西尾維新、辻村美月など大ヒット作を生み出し続けるベストセラー作家が名を連ねます。その中において、真梨幸子の『孤虫症』は出版当初こそ話題になったものの、その後は全く鳴かず飛ばず・・・ちなみに売れない時期は本人がアマゾンで自身の作品を大量購入をしたり、年収が100万程度だったことも明らかにされています。それでも小説にかじりついて、ついにデビュー6作目『殺人鬼フジコの衝動』にて大ヒット作家の仲間入りを果たすのです。フジコの大躍進により本作も改めて脚光を浴びることになり、真梨幸子は一躍「イヤミスの女王」の座に座ったと言えます。そこで今回は、デビュー作にみる、真梨幸子ミステリーの特徴について検討します。

真梨ミステリー3つの特徴

1.高層マンション、ニュータウンが多い

本作の舞台は駅から10分ほどの場所にある34階建てのマンション「スカイヘブンT」。誕生して5年のニュータウン、T市のシンボルタワーです。このような舞台は真梨作品に多く、例えば『4012号室(文庫時改題『あの女』)』では高層マンションの最上階が舞台です。真梨幸子は『孤虫症』『4012号室』『女ともだち』を「高層マンション3部作」と称しましたが、私としてはここに『鸚鵡楼の惨劇』も付け加えたいところ。とにかく高層マンションや団地など集合住宅を舞台とした作品が多いのです。その効果とは・・・なんといっても「閉塞感」ではないでしょうか。常に周りの目があり、社会の常識の檻がある。その不自由な感じが溜まりに溜まってある日突然爆発する!というのが最も多いパターンであるように思います。また、高層マンションには「自分は勝ち組である」という足枷が加わります。この安定した暮らしを壊したくない。自分を守りたい。そのために邪魔なものを削除しなくては。ひとりで考えすぎていきなり常識の枠を大きく外れていくのが真梨ミステリーの特徴の一つだと思いますが、デビュー作にしてそれを確立していたということがわかります。

2.妄想と現実の境目があいまいになっていく

「だめよ、お母さん、起きて、早く起きて!」。娘時代の主人公が体験したものと現代とが交錯するシーンです。その他、「かりかりかりかり」と音がすることで気が狂いそうになるシーンも、どこまでが現実でどこまでが夢なのかわかりません。この手法はほとんど全ての真梨作品で使用される常套手段で、『お引越し』『更年期少女(文庫時改題『みんな邪魔』)』では特に多く見られます。何度読み返しても妄想部分と現実部分に線がひけません。これにより読者は、1人称で語られる物語にすっかり陶酔してしまい、少々おかしいことも、殺人も死体切断も過剰な性表現も受け入れてしまうのです。

3.父親がいない、母子家庭が多い

「私、あんたのお父さんを知っているのよ。だらしなくて、女好きで、ギャンブル好きのろくでなしよ。あんた、お父さんにそっくりだから、きっと、性格も似るわね。かわいそうに」(P206)とあるように、本作の主人公は母子家庭かつ父親は最低のクズ人間でした。これはその後の作品でも多くみられる設定で、『殺人鬼フジコ~』でも父親はフジコにも暴力をふるうような人間でしたし、『えんじ色心中』『更年期少女』でも母子家庭のキャラクターがメインで登場します。これについて真梨は、「幼稚園の頃から母子家庭で、母親は夜の仕事をしていたせいで妄想して過ごすことが多かった。私の作品のほとんどは妄想でできている」とブログに書いていました。母子家庭で生きてきた彼女だからこそ、女性という生き物の本性を掘り下げるイヤミスを書けるのかもしれません。また、フジコのようなシリアルキラーの特徴として「家庭環境が劣悪である」というものがあります。母子家庭ということは、父親を知らないということ。アイデンティティの半分がないというだけでなく、「自分は本当に望まれて生まれてきたのか」と考えてしまう、自己肯定感が低い人間に育ちやすいとも言えます。自己肯定感が低いということは、人に認められたいという欲望が強いということ。本作の主人公が男をあさるのも、フジコが整形を繰り返すのも、自己肯定がうまくできないのが理由の一つかもしれません。褒めてほしい、認めてほしい、求めてほしい・・・そんな底なしの女の欲望は、ほぼ全ての真梨作品に見られる特徴です。

このように、デビュー作にして既に「真梨らしさ」を確立しているということがわかります。

寄生虫の恐ろしさ

最後に、この話のメインである寄生虫について。「孤虫という寄生虫をたまたま知ったのは、99年。親虫も不明、どう成長するのかもわからない特異なライフサイクルに興味をもちました。面白い、何か書けると思いました。寄生虫の本を集めて調べ、書き出した」。真梨幸子は本作についてのインタビューでこのように述べています。他にも寄生虫をモチーフにした作品は多くありますが、女性視点からここまでエロくグロく表現しきった作品は他にないでしょう。「私の尻から何かが垂れさがっている!」とトイレットペーパーでつかむと・・・「ぴちゃり」とトイレに落ちる。こんなものを読まされると、生肉だけは絶対に食べないようにしようと誰もが思うはず。私は牛肉のレアすら少し怖くなってしまいました。それは「パラサイト・イブ」や「リング」を読んだ時のような不気味さもあり。よくも悪くも読者の心に深く残ってしまうデビュー作であることは間違いありません。

『孤虫症』は、イヤミスの女王の誕生に申し分のない、珠玉のエンターテインメント作品であると言えるでしょう。

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