ロイエンタールの反逆を新解釈してみました
ロイエンタールの反逆って雑なのか?を考察する
何十年と語られている銀英伝ですが、今回はヤンでもなく、ラインハルトでもなく、ロイエンタールの反逆について考察してみます。
本伝全10巻中、終幕間近の9巻で描かれるロイエンタールの反逆について、ネットで検索していただくとロイエンタールの行動に納得がいかない、あるいはそのような書き方をした作者田中芳樹への批判がわんさか出てきます。
これについて、おそらく語られていないのでは?と思う結論を見出したので書かせていただきます。
・雑とする根拠1:作品中でもっとも長いフリ
ロイエンタールがいつか裏切るだろう、という仕込みは2巻で行われます。
貴族連合に勝利した主君ラインハルトから、「私を倒す自信と覚悟があるのなら、いつでも挑んできてかまわないぞ。」と言われるシーンです。
ここで読者には「ああ、ロイエンタールとラインハルトはいつか袂を分かつんだ」と、刷り込まれますが、いつ裏切るの、いつなの?とさんざん待たせておいて実行されるのは9巻です。
ダブル主役の一人ヤン・ウェンリーは1巻で登場し8巻で死亡していますから、実はヤンの全活躍と同量の超長い引っ張り方です。
はっきり言えば作中の政治的テーマ「自由共和制と専制政治のどちらが良いか」に次ぐ程フリが長いのです。
また、ロイエンタールが比較的敵を作りやすい、などの設定も早い段階から書かれており、実際に彼を陥れようとするラングという存在が、これまた結構なページ数を割いて育っていきます。
ある意味、反逆開始まではかなり丁寧です。
それなのに9巻がばたばたと流れていくもので読者はものすごい置いてけぼり感を味わい、さんざん用意したのに最後が「雑」と言いたくなってしまうのです。
・雑とする根拠2:流されるがままのロイエンタール
ラングや地球教が仕掛けた謀略で、裏切る以外にない、という状況に追い込まれるロイエンタール。
それにしても、これだけ長くフッておいて、この納得感の無さは何なのでしょう?
鋭敏さ、有能さが何度も強調されており、勝利のためなら時に策謀もいとわないという設定のロイエンタールです。その彼をして、9巻では他者が仕組んだ謀略(しかも結構ゲスな奴らが仕組んでいるのに)まんまとはめられていく展開に読者は全くついていけません。
作中の本人すら納得しないまま、開戦し、1勝もしないまま敗退していきます。
反逆に際しても「華麗」「宗教画のような」という表現が取りばめられているので、作者田中芳樹もおそらく最後まで有能なキャラクターで、という意志があったと思われます。
それだけに、タイミングは地球教の陰謀に左右されたとしても、「用意周到」というキーワードを入れてほしかった、というのがファンの本音に違いありません。
せっかくいいキャラだったのに後半で失敗したな、田中芳樹・・・これが多くの読者の現状の結論です。
結局田中芳樹もくやんでいたのか、マヴァール年代記でリトライ?
1987年に銀河英雄伝説は終了しますが、わずか1年後の88年、田中芳樹はマヴァール年代記という作品を執筆開始します。
この作品では、ほぼロイエンタールに相当するヴェンツェルと、ほぼラインハルトに相当するカルマーンが登場し、やはり主君に反逆する家臣の姿がかなり詳細に書かれています。
本作ではロイエンタールのように「反逆するする詐欺」的な部分は無く、最初からどう反逆するか、とういう書き方なので ロイエンタールに感じた違和感は無く、作者自身が深く反省していたのだろうか、と考えられます。
やっぱりロイエンタールで失敗したのでリベンジしたかったんだな、田中芳樹、と発表当時奇妙な感慨にふけったのは私だけではないでしょう。
とは言え、マヴァール年代記って執筆時期が近すぎる?
銀英伝終了翌年にマヴァール年代記が発表開始されていることを考えると、銀英伝執筆中に並行して構想が進んでいた、と考えた方が妥当かもしれません。
この仮定でもう一度ロイエンタールを考察してみると、以下のような想像も可能です。
・ロイエンタールは裏切るキャラとして用意された・・・ここは間違いないと思います。
・裏切りに向けて作者は着々と伏線を張っていく・・・8巻までのフリはものすごく周到です。
・どこかの時点でマヴァール年代記を書くチャンスを得て、「反逆過程そのものはもっと大きいスケールで別作品で書ける」という構想の分岐点があった・・・これは全くの予測です。
・とは言え、反逆しなければロイエンタールというキャラが死んでしまう。
これをクリアしたのが、ロイエンタールの記述でつねに描かれている二律背反を前面に出す、という方法だったのではないでしょうか。
「反逆」という武人としての意気込みとともに、ロイエンタールには常に「二律背反性」が付与されてきました。
親から愛されなかった経緯から、女性を信じられないのに常に新しい彼女がいる、いつか裏切ると意識しているのにラインハルトには常に最高の作戦を進言する、などです。
結局田中芳樹がロイエンタールに与えた役割は、「華麗な反逆者」ではなく「反逆を志しつつも主君愛も捨てきれず徹底を欠いたため破滅していく悲劇キャラ」なのかもしれません。
これであれば8巻まで周到に進んだ伏線が9巻で急に雑に見えるのも、最初の仕込みから劇中で5年と言う歳月の中で、「いつか裏切って宇宙を手にする」という野望と「ラインハルトには最強の皇帝でいてほしい」という葛藤を整合させられず、破滅という結果しか選択できなかった、という説明が付きます。
ネットでも「9巻あたりで終わりが見えて雑になった」「長い事やったので飽きたに違いない」「9巻のロイエンタールが全く理解できない」などの意見が多いですが、「本人さえも納得できないので読者にも納得できるはずがない。誰の理解も得られないまま破滅していくのがロイエンタール」「とはいえ指揮官としては有能なので、戦闘自体は華麗に映る。」その非整合さこそが作者の意図だったのかもしれません。
つまり「9巻のロイエンタール納得いかない=作者の失敗」ではなく
「9巻のロイエンタール納得いかない=だって作者はそのように書いてるんです」を本考察の結論とさせていただきます。
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