絶妙な設定で人の世と愛の普遍性を見つめる - わたしはロランスの感想

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絶妙な設定で人の世と愛の普遍性を見つめる

5.05.0
映像
5.0
脚本
4.6
キャスト
4.6
音楽
4.7
演出
4.5

目次

かけがえのない心象風景の再現という感覚

2012年カナダ/フランス映画。カナダ生まれのグザヴィエ・ドラン3作目の長編です。彼はこの時弱冠24才であり、この若さでこれだけの深みのある作品を世に問うというのは驚くべきことです。ある種の天才であることは誰もが認めざるを得ないことでしょう。

予備知識なく、2014年の「mommy(マミー)」を劇場で見た時のショックは大きく、個人的に忘れ難い特別な作品になりました。ドランの描く心象風景には、私が見ている世界の見え方に奇妙にリンクするような、オーバーラップするような感覚があって、それは好き嫌いや優れているとかいないとかを越えて、ただただ美しくかけがえのない感覚だったです。以来、遡るようにそれまでの作品を見て、どれも素晴らしく、グザヴィエ・ドランは、私がここ最近で最も好きな監督のひとりになっています。

以前、作家の吉本ばなながエッセイの中で、彼女がイタリアのホラー映画監督、ダリオ・アルジェントの作品をこよなく愛する理由として、「10代の頃、自分の見え方、感じ方が周囲の人とは全然違うことを思い、自分の気が狂っているんではないかと恐れていた。そんな時、ダリオ・アルジェントの映画に出会い、この人の目には私と同じような世界が見えていると思い、心から癒され安堵した」というようなことを書いていました。

その感覚はとても分かる気がします。私はそれに通じる感覚をドランの映画の中に見たのだと思います。

言葉にならないその人の心の中の風景が、ある映画の映像によって再現されるという、奇跡のような邂逅。それは映画を観ることで得られる最も値打ちのある、素晴らしいもののひとつなのではないでしょうか。

トランスジェンダーとして生きることの悲喜こもごも

「私はロランス」は、2012年のカンヌ映画祭のある視点部門に出品され、クィア・パルムを受賞しています。クィア・パルムというのは同映画祭の独立賞のひとつであり、主にLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)をテーマに含んだ作品を対象に送られる賞です。監督のグザヴィエ・ドラン自身もゲイであることを公表しているし、彼の映画のテーマとして母親と並んでLGBTは、欠くことの出来ない主要でなモチーフのひとつです。

この映画は主人公ロランスが2年付き合った恋人フレッド(女性)に、自分がトランスジェンダーであることを打ち明けることから物語が展開してゆきます。

私は勉強不足で、ロランスのような人は、じゃあ本当は男性が好きなのか、というとこのケースはそういうことはなく、ロランス自身は女性として生きることが彼(彼女)にとってのネイチャーなのですが、フレッドに対する恋愛感情には偽りはない。フレッドが、女性が恋愛対象として変わらず好きなのです。

愛は変わらない、ただロランスが女性として生きることにしただけ。そうすると、一体ふたりの関係や、ロランスやフレッドを取り巻く環境はどう変わってしまうのか。そして、ふたりの愛は、果たして貫かれるのだろうか。このような絶妙な設定で、ドランは人間の世というもの、ひいては人間にとっての普遍的なものを見つめています。

フランス語圏ケベックで生まれたドラン映画

グザヴィエ・ドランはカナダのケベック出身で、ケベック州は主にフランス語を話す地域としてよく知られています。彼自身ももちろん英語とのバイリンガルですが、この作品をはじめ、ドランの作品は全てタイトルも劇中の言語もフランス語です。ヨーロッパ的という大ざっぱな言い方は当てはまりませんが、少なくとも全くハリウッド的な映画ではないので、フランス映画とつい錯覚してしまいます。

この作品の主演のロランス役は、フランス人のメルヴィル・プポーが起用されていますが、やはりドラン映画の住人として欠かせないのが、ふたりのカナダ人の女優、アンヌ・ドルヴァル(この作品ではカメオ出演のみ)とスザンヌ・クレマンだと思います。私は彼女らをドランの映画以外では見た事がありませんが、普通に美しいとは言い兼ねる(ごめんなさい)、独特の個性的な雰囲気があって、年齢もとうがたっており(またまたごめんなさい)、しかしものすごく人間味のあるいい皺のある顔をしているのです。こういう絶妙なキャスティングをするというセンスにも非常にぐっとくるものがあります。

「わたしはロランス」では、ヒロインのフレッドをスザンヌ・クレマンが演じ、カンヌある視点部門の最優秀女優賞を受賞しました。本当にチャーミングでしたし、ロランスとの破局間際、カフェで心ないおばあさん店員にロランスが好奇心丸出しの質問ぜめをされた時、フレッドがちゃぶ台ひっくり返す勢いで店員に挑み怒鳴りかかるシーンは、あまりに愛情深くてせつなくて、涙が出ました。

新鮮で勢いのあり、純粋でいたいけな映像表現

映画の日本版メインビジュアルにも採用されている、空からカラフルな洋服が降る中を揚々と恋人たちが歩いてゆくシーン、フレッドが部屋のリビングでひとりロランスの詩集を読みながら、バケツをひっくり返したような大量の水がだばー!と降って来るシーン。いくつものはっとするほど新鮮で印象的な表現がこの映画には溢れています。また、ついでのように書くことじゃないですが、音楽もファッションも編集も素晴らしいです。

物語全体の骨格もしっかりとしていて、ストーリー展開的にも上等です。最後にふたりが初めて出会い視線を正面から合わせたところで唐突に終わるなど、すごく余韻の残るぐっとくるつくりになっています。ですが、やはりグザヴィエ・ドランの映画は、彼の新鮮で勢いのある、そしてどこか純粋でまっすぐないたいけさを感じさせるそのイマジネーションを、浴びるように観ていたいと思うのです。

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