漫画家・荒川弘の手腕問われる『アルスラーン戦記』の行方
有名作家と有名漫画家のコラボ。絶対に外せない一作
『鋼の錬金術師』を知らない漫画好きは、そうはいない。同じように、『銀河英雄伝説』の名前を聞いたことのない小説好きは少ないだろう。『銀河英雄伝説』の作者・田中 芳樹の小説『アルスラーン戦記』を、 『鋼の錬金術師』 の荒川弘がコミカライズした。このコラボレーションは、漫画好き・小説好きの胸を躍らせたに違いない。
だが、同時に双方の好事家たちの頭をよぎったのは、「果たして今作品が成功するのか」であろう。
むろん、いまだ未完とはいえ『アルスラーン戦記』の面白さは数多の読者家の知るところであるし、『鋼の錬金術師』の人気を示した数々のデータ(コミックスの発行部数や、『鋼の錬金術師』連載当時の月刊少年ガンガンの売り上げ)は、もはやガンガンの伝説と化している。しかし、だからといって商業的に成功するかどうか、保障は全くないのが出版業界の恐ろしいポイントだ。
ここでいう”成功”とは、単なる売り上げ冊数の問題ではない(その点において、コミックス『アルスラーン戦記』はすでにその役割を果たしていると云える)。『アルスラーン戦記』というコンテンツが、名作になりえるかどうかの判断だ。
漫画は一発当てれば成功ではない。そして―-私的な見解ではあるが―-アニメ放映時など、メディアミックスが集中したときのみ売り上げを伸ばした漫画は、同じく成功とはいえないだろう。出版社やありとあらゆる方面の助力があって売り上げを伸ばしても、それは”成功した”ことにはならない。ただ”人々の協力と時代の流れで売り上げが多かった時期もあった”、それだけである。
長い間、ファンに待望され、愛されてこその創作作品。それこそが漫画の”成功”と定義づけるのならば、荒川版『アルスラーン戦記』は今まさに分水嶺に立たされているといえるだろう。
具体的に次項から、『アルスラーン戦記』を考察していこう。
賛否両論の荒川『アルスラーン戦記』デザイン。キャラクタービジネスとしての成功は?
漫画家・荒川弘は『鋼の錬金術師』『銀の匙』など、連載作品ではいずれもヒットを打っている。安定したストーリーの面白さ、時折挿入されるギャグのセンス、荒川本人も「隙間産業」という”ありそうでなかった”漫画のテーマが功を奏し、どれもコケない、そして売れる。漫画ファンのなかでは、荒川は出版社の”金のなる木”との見方もあるようだ。
だが、一部神格化されすぎた感も否めない。というのも、荒川弘はどこまでも荒川弘の作風であり、原作つきのコミカライズには向いていないのである。
これは、荒川弘が無名だった当時描いた『東京魔人学園剣風帖』のアンソロジーコミックを読んだことのある人なら、少し共感して頂けるであろう。他のアンソロジー作家に比べて、荒川弘の絵はあまりにも無個性で少年っぽく、主人公も周囲の仲間たちも「誰コレ?」状態になっていたのである。色っぽい女性キャラクターの多い『東京魔人学園剣風帖』のコミカライズとして、「これはちょっとひどい」と思えるほど、荒川弘の『東京魔人学園剣風帖』はひどかった。『東京魔人学園剣風帖』が好きだった筆者はちょっとショックを受けたほどだ。
閑話休題。そして『アルスラーン戦記』である。『アルスラーン戦記』もまた、田中芳樹原作の作品であることは紹介済みだが、実は『アルスラーン戦記』は劇場アニメ・OVAが90年代に制作されているのである。アニメ作品であるということはもちろん、キャラクターデザインも完成されており、『アルスラーン戦記』のファンはそのデザインがキャラクターのイメージとして記憶されている(アニメに比べてわずかではあるが、小説の挿絵も読者諸兄の想像の手助けをしたことは言うまでもない)。
その劇場アニメ・OVA、あるいは挿絵に比べて、荒川版のキャラクターデザインはやや少年っぽすぎる、というのが往年のファンの見解であるようだ。
主人公であるアルスラーンや臣下のダリューン、アルスラーンの義父であるアンドラゴラス大王に関しては、少年漫画出身の荒川弘らしさが溢れ、とても魅力あるキャラクターになっている。
だが、致命的なのが自他ともに認める絶世の美女たるファランギース。田中芳樹の小説では、女神アシの化身と称えられるほどの美貌を持ち、かつ男顔負けの武芸の腕を持つキャラクターとなっている。が、荒川弘版では少々その魅力が薄れているように感じる。女性の持つ繊細な魅力を、荒川弘の画力では表現しきれていないのだ。
断っておくが、それは荒川弘の画力が足りないということではない。どれほど画力が優れた漫画家でも、老若男女、キャラクターとしての造形を完璧に仕上げられるほうが稀有なのである。美少女を描く漫画家が老人を描くと”しっくりこない”ように、荒川弘にとっての美女がその”しっくりこない”部分なのだ。
だが、その”しっくりこない”部分が、キャラクタービジネスの足を引っ張る。
現にアニメ放映を終えたアルスラーン戦記であるが、グッズやゲームの売り上げはさほど良い評価を聞かない。この点で、『鋼の錬金術師』の域には至っていない、というのが本当のところだろう。
漫画好き、アニメ好きの琴線に触れる何かが、『アルスラーン戦記』にはまだない。それが、前項で述べたコンテンツの”成功”の足を引っ張っているのである。
アニメ放映もひと段落し、今後の行方は?
さて、では今後の『アルスラーン戦記』であるが、筆者は実はこれからの展開をとても楽しみにしている。
というのも、『アルスラーン戦記』はメディアミックスを焦りすぎたと思っているからだ。
『アルスラーン戦記』がアニメ化されたのは、コミックスが出てまだ3巻の時期である。3巻が店頭に並んだ段階でアニメ化するなど、はっきりいって時期尚早もいいとこ。いくら原作が評価されているとはいえ、早すぎた。これではファンもついていきようがないし、今後の展開が気になりすぎて、コミックスを諦めて原作本を買ってしまうだろう(筆者はそうしました)。
『アルスラーン戦記』はそもそも大河作品だ。ゆっくりと展開を進めていき、亡国の王子となったアルスラーンがどうやって王国を奪還するのか、読者は子の成長を見守る親のような気分で見守っていきたいのに、周囲に「早く、早く」と急かされて急ぎ足で進んでしまっては、本末転倒になってしまう。
アニメが終わり、これから『アルスラーン戦記』は名保育士・荒川弘の手によってどう育てられるか。田中芳樹版『アルスラーン戦記』のファン、ならびに荒川弘ファンは、長い目で見守っていきたいところだ。
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