等身大 - デッドエンドの思い出の感想

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デッドエンドの思い出

4.504.50
文章力
1.50
ストーリー
3.50
キャラクター
4.00
設定
4.00
演出
4.50
感想数
1
読んだ人
7

等身大

4.54.5
文章力
1.5
ストーリー
3.5
キャラクター
4.0
設定
4.0
演出
4.5

目次

作者様妊娠時の作品です。

短編集です。全部で5編で、すべて完結型。次に続く物語はありません。もしかしたら、読み方によっては繋がっているように思えるかもしれないのですが、私はすべて独立した物語として読みました。学生の頃の淡い恋だったり、事件に巻き込まれてみたり、片想いがひっそりと実りそうだったり、幼い頃の友達が亡くなったり、すべて違う顔をしてすれ違う通行人のように、決して意思が交わる話ではないのに、共通して涙が出る前の息苦しさがあるように思います。ばなな先生曰く、出産をひかえ、過去のつらかったことを全部あわてて清算しようとしたから、これほどまでに切ない物語になったのではないか、とご自分で分析されてます。

ばなな先生も執筆中辛かったとあとがきに記しています。

短編すべてが終わると、ばなな先生のあとがきがあり、そこでこの作品を執筆中妊娠していたこと、とても辛い作業だったこと、けれど、自分自身が一番好きな作品だとコメントしています。妊娠という女性特有の時期に執筆なされたということで、感情の鋭さだったり、発想の広さが伺えます。感情に振り回されて自分でもどうしようもないというありったけの生身の想いが詰まっているようで、読者としても受け止める覚悟が必要かな、と。何も着飾らない、余裕のない言葉が物語となって脳内に入り込んでくるため、身構える間もなく四方を悲しみと切なさに囲まれる、そんな心境になりました。とくに『あったかくなんかない』はまだ幼い男の子が亡くなる話で、自分に息子がいるせいか悲しくて、感情の行き場がなくてたまらなくなりました。お腹に子どもを宿しながら、子どもが母親の無理心中に巻き込まれる話をよく書ききったな、と驚きすら感じました。

突き抜ける喜びではなく、浄化された爽快感。

読者の私も、妊娠という過程を経て今があります。そのため、先生のあとがきを読んで、なるほど、と作品の濃縮度に納得がいきました。短編として集まっている作品たちは、この本から飛び出して一人歩きしても違和感がないほど設定も環境も出来事も濃いです。中編作品として形を変えてもおかしくないものばかり。なのに、先生はばちんと言いたいことだけ言って去って行ってしまうように、次の作品を収めています。けれど、その連鎖が次から次へとしこりのように残っている自分の罪悪感やら後悔やら、そういった嫌な思いを知らず知らずに吸い取って連れ出してくれるものだから、気がつくと心に風が通るようになっていて、すっきりしている。まるで自分が浄水器にでもかけられて出てくる水のようで、読んだ後は何においても意欲的に取り組むことができました。読書の醍醐味を存分に味わうことができます。

言葉のひとつひとつが核心に迫る。

誰にでも降りかかる可能性のある不幸を重たすぎず、流すには容易でない複雑な感情からの回復を登場人物たちはしています。R-18要素もあるため、子どもにはなかなか読ませるには時期を見た方がいいとは思いますが、赤毛のアンのような児童文学に通ずるものがあります。みな一様に不幸から始まります。不幸ではなくても、平凡で問題なく過ごしている登場人物もいます。けれど、飛び跳ねるような喜びに満ちている人はいません。きっと心の奥底で飛び跳ねている登場人物もいるのかと思いますが、読んだ感想としては、物語の終着地点を粛々と受け止めている、納得している、といった印象を受けます。

「人それぞれの数だけどん底の限界があるもん。」

と西山くんは発しています。(デッドエンドの思い出に登場。)これは婚約者に浮気され、別れた後、婚約者のいる町で心を癒す主人公が、立ち直って居候していた叔父の家を出るときに、西山くんがかけた言葉です。

主人公はこう思いました。

「ひとりになることができなければ、いつまででも傷は生のままだ。」

家族は傷心の主人公を心配し、家に帰ってこいと訴えかけますが、家に帰って慰めの言葉を浴びれば浴びるほど癒える傷も癒えない。そういう意味だと詳しく書いてありますが、この一文で事足りるほど深く頷きました。

その通りだな、と私はおもわずメモを取りました。誰でも思っているだろうことを、きちんと言葉にして表現してくれる。そういった感情たちがたくさん詰まっていて、たくさんの励ましになる言葉で溢れています。

ばなな先生は、そういったものをこの『デッドエンドの思い出』で自然と発信しています。

これを手にとって読んだのはもう数回目で、ふと心がもやもやしたときに再び手に取り、読みました。すると、傷ついても何しても、癒えるものは癒えるし、傷が生のまま残っていることも不自然ではないのだと思えるようになりました。

傷があってもなくても、幸せでも不幸でも、印象に残る作品のひとつです

余談ですが、2003年が藤子・F・不二雄先生の生誕70周年だったのか、藤子・F・不二雄先生に捧ぐ、とドラえもんの腕時計が目次の前のページに載っています。

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