ノーベル賞作家カズオ・イシグロの1989年度のブッカー賞受賞作品「日の名残り」 - 日の名残りの感想

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日の名残り

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ストーリー
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演出
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ノーベル賞作家カズオ・イシグロの1989年度のブッカー賞受賞作品「日の名残り」

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1956年7月。35年もの間ダーリントン卿の家に仕え、ダーリントン卿が亡くなった今は、新たにダーリントン・ホールを買い取ったアメリカ人・ファラディの執事となっているスティーヴンス。父親の代からの執事であり、執事としての高い矜持を持っています。

しかし、多い時には28人の召使がいたこともあり、スティーヴンスの時代でも、彼の下で17人もが働いていたというダーリントン・ホールには、現在スティーヴンスを入れて4人の人間しかいません。スティーヴンスは仕事を抱え込みすぎ、その結果、些細なミスを何度か犯していました。

そんな時に思い出したのは、ダーリントン卿の時代に女中頭としてダーリントン・ホールに働いていたミス・ケントンのこと。結婚して仕事をやめ、ミセス・ベンとなっている彼女は、今はコーンウォールに住んでおり、先日届いた手紙では、しきりにダーリントン・ホールを懐かしがっていました。

ファラディがアメリカに5週間ほど帰国することになった時、数日間ドライブ旅行をすることを勧められたスティーヴンスは、ミセス・ベンに会いに行くことに--------。

このノーベル賞作家カズオ・イシグロの「日の名残り」は、1989年度のブッカー賞受賞作品。
スティーヴンスが、コーンウォールへ車で旅行しながら、ダーリントン・ホールが華やかなりし頃の出来事を回想するだけの物語なのですが、とても美しい作品です。良い小説とは、こういった作品のことを言うのかもしれませんね。


スティーヴンスの執事としての誇り、執事に大切な品格の話なども興味深いですし、気さくにジョークを飛ばす新しい主人に戸惑い、もしやジョークを言うことも、執事として求められているのも、仕事なのかと真剣に考えてしまうスティーヴンスの姿が、実に微笑ましい。慇懃でもったいぶっていて、少々頑固な、古き良き英国の執事の姿が浮かび上がってきます。

20数年前、ダーリントン・ホールに来客が多かった時期の回想では、第二次世界大戦前から戦時中に行われた会議のことも大きく語られます。世界的に重要な人物たちを招いた晩餐での、スティーヴンスの仕事振りはお見事。慌しい中で冷静沈着に全てを取り仕切り、そのプロ意識は、父親の死さえ看取ることを彼に許さないほどでした。

回想ながらも、その緊迫感や、見事に仕事をやり遂げたスティーヴンスの高揚感が十に伝わってきます。そして、一番面白かったのは、スティーヴンスとミス・ケントンのやりとり。最初はことごとく意見が対立し、冷ややかなやり取りをする2人ですが、かッカしている2人の姿も可愛いのです。


美しい田園風景が続いたドライブ、そして最後の夕暮れの中の桟橋の場面に、スティーヴンスの今までの人生が凝縮されて、重ね合わせられているようです。最高の執事を目指し、プロであることを自分に厳しく求めすぎたあまり、結局、人生における大切なものを失ってしまったスティーヴンス。

老境に入り、些細なミスを犯すようになったスティーヴンスは、おそらく、今の自分の姿を父親の姿とダブらせていたことでしょう。今や孫もいるミス・ケントンに対して、自分はあとは老いるだけだということも…。

もちろんスティーヴンスの中で美化され、真実から少しズレてしまっている出来事も色々とあるのでしょうけれど、無意識のうちに、そうせざるを得なかったスティーヴンス自身に、イギリスという国の斜陽も重なってきます。

第二次世界大戦後のアメリカの台頭とイギリスの没落。ダーリントン・ホールの今の持ち主もアメリカ人。こうなってみると、戦前に行われた重要会議でのやりとりが皮肉です。そして、英国では最早、本物の執事が必要とされない時代になりつつあるのです。そんな中で「ジョークの技術を開発」するなどと言ってしまうスティーヴンスの姿が、切ないながらも可笑しいですし、作者の視線がとても暖かく感じられるんですね。

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