ノーベル賞作家カズオ・イシグロの1989年度のブッカー賞受賞作品「日の名残り」 - 日の名残りの感想

理解が深まる小説レビューサイト

小説レビュー数 3,368件

日の名残り

4.504.50
文章力
4.50
ストーリー
4.40
キャラクター
4.60
設定
4.60
演出
4.50
感想数
5
読んだ人
8

ノーベル賞作家カズオ・イシグロの1989年度のブッカー賞受賞作品「日の名残り」

5.05.0
文章力
5.0
ストーリー
5.0
キャラクター
5.0
設定
5.0
演出
5.0

1956年7月。35年もの間ダーリントン卿の家に仕え、ダーリントン卿が亡くなった今は、新たにダーリントン・ホールを買い取ったアメリカ人・ファラディの執事となっているスティーヴンス。父親の代からの執事であり、執事としての高い矜持を持っています。

しかし、多い時には28人の召使がいたこともあり、スティーヴンスの時代でも、彼の下で17人もが働いていたというダーリントン・ホールには、現在スティーヴンスを入れて4人の人間しかいません。スティーヴンスは仕事を抱え込みすぎ、その結果、些細なミスを何度か犯していました。

そんな時に思い出したのは、ダーリントン卿の時代に女中頭としてダーリントン・ホールに働いていたミス・ケントンのこと。結婚して仕事をやめ、ミセス・ベンとなっている彼女は、今はコーンウォールに住んでおり、先日届いた手紙では、しきりにダーリントン・ホールを懐かしがっていました。

ファラディがアメリカに5週間ほど帰国することになった時、数日間ドライブ旅行をすることを勧められたスティーヴンスは、ミセス・ベンに会いに行くことに--------。

このノーベル賞作家カズオ・イシグロの「日の名残り」は、1989年度のブッカー賞受賞作品。
スティーヴンスが、コーンウォールへ車で旅行しながら、ダーリントン・ホールが華やかなりし頃の出来事を回想するだけの物語なのですが、とても美しい作品です。良い小説とは、こういった作品のことを言うのかもしれませんね。


スティーヴンスの執事としての誇り、執事に大切な品格の話なども興味深いですし、気さくにジョークを飛ばす新しい主人に戸惑い、もしやジョークを言うことも、執事として求められているのも、仕事なのかと真剣に考えてしまうスティーヴンスの姿が、実に微笑ましい。慇懃でもったいぶっていて、少々頑固な、古き良き英国の執事の姿が浮かび上がってきます。

20数年前、ダーリントン・ホールに来客が多かった時期の回想では、第二次世界大戦前から戦時中に行われた会議のことも大きく語られます。世界的に重要な人物たちを招いた晩餐での、スティーヴンスの仕事振りはお見事。慌しい中で冷静沈着に全てを取り仕切り、そのプロ意識は、父親の死さえ看取ることを彼に許さないほどでした。

回想ながらも、その緊迫感や、見事に仕事をやり遂げたスティーヴンスの高揚感が十に伝わってきます。そして、一番面白かったのは、スティーヴンスとミス・ケントンのやりとり。最初はことごとく意見が対立し、冷ややかなやり取りをする2人ですが、かッカしている2人の姿も可愛いのです。


美しい田園風景が続いたドライブ、そして最後の夕暮れの中の桟橋の場面に、スティーヴンスの今までの人生が凝縮されて、重ね合わせられているようです。最高の執事を目指し、プロであることを自分に厳しく求めすぎたあまり、結局、人生における大切なものを失ってしまったスティーヴンス。

老境に入り、些細なミスを犯すようになったスティーヴンスは、おそらく、今の自分の姿を父親の姿とダブらせていたことでしょう。今や孫もいるミス・ケントンに対して、自分はあとは老いるだけだということも…。

もちろんスティーヴンスの中で美化され、真実から少しズレてしまっている出来事も色々とあるのでしょうけれど、無意識のうちに、そうせざるを得なかったスティーヴンス自身に、イギリスという国の斜陽も重なってきます。

第二次世界大戦後のアメリカの台頭とイギリスの没落。ダーリントン・ホールの今の持ち主もアメリカ人。こうなってみると、戦前に行われた重要会議でのやりとりが皮肉です。そして、英国では最早、本物の執事が必要とされない時代になりつつあるのです。そんな中で「ジョークの技術を開発」するなどと言ってしまうスティーヴンスの姿が、切ないながらも可笑しいですし、作者の視線がとても暖かく感じられるんですね。

あなたも感想を書いてみませんか?
レビューンは、作品についての理解を深めることをコンセプトとしたレビューサイトです。
コンテンツをもっと楽しむための考察レビューを書けるレビュアーを大歓迎しています。
会員登録して感想を書く(無料)

他のレビュアーの感想・評価

一執事の視点から見る大英帝国の黄昏

大英帝国の黄昏カズオ・イシグロの長編小説『日の名残り』は、イングランド南部を舞台に、第2次世界大戦後からスエズ動乱までの期間を、貴族の屋敷に執事として務める主人公スティーブンスの語りで描いた物語である。すなわち100年以上世界一に君臨したイギリスが、その座をアメリカとソ連という新たな超大国に明け渡した時期、大英帝国の黄昏時を、帝国の象徴たる貴族に仕えた執事の視点で描いた、大英帝国の衰亡史とも言える内容である。故にこの小説を本当の意味で楽しむには、イギリスの歴史の知識が必要であろう。イギリスは、18世紀末から19世紀の産業革命期を経て、多くの海外植民地を獲得し、ヴィクトリア女王の治世(1837〜1901年)において、政治・経済共に世界一の国として繁栄した。帝国の威光を国民は享受し、貴族、中産、労働者の3大階級が生まれるなど、現代にもつながるイギリスの根幹が出来上がった。しかしながら2つの大戦を経て、帝国の威...この感想を読む

5.05.0
  • dirtydozendirtydozen
  • 784view
  • 3387文字
PICKUP

感想をもっと見る(5件)

関連するタグ

日の名残りを読んだ人はこんな小説も読んでいます

日の名残りが好きな人におすすめの小説

ページの先頭へ