日の名残りの感想一覧
カズオ イシグロによる小説「日の名残り」についての感想が5件掲載中です。実際に小説を読んだレビュアーによる、独自の解釈や深い考察の加わった長文レビューを読んで、作品についての新たな発見や見解を見い出してみてはいかがでしょうか。なお、内容のネタバレや結末が含まれる感想もございますのでご注意ください。
ノーベル賞作家カズオ・イシグロの1989年度のブッカー賞受賞作品「日の名残り」
1956年7月。35年もの間ダーリントン卿の家に仕え、ダーリントン卿が亡くなった今は、新たにダーリントン・ホールを買い取ったアメリカ人・ファラディの執事となっているスティーヴンス。父親の代からの執事であり、執事としての高い矜持を持っています。しかし、多い時には28人の召使がいたこともあり、スティーヴンスの時代でも、彼の下で17人もが働いていたというダーリントン・ホールには、現在スティーヴンスを入れて4人の人間しかいません。スティーヴンスは仕事を抱え込みすぎ、その結果、些細なミスを何度か犯していました。そんな時に思い出したのは、ダーリントン卿の時代に女中頭としてダーリントン・ホールに働いていたミス・ケントンのこと。結婚して仕事をやめ、ミセス・ベンとなっている彼女は、今はコーンウォールに住んでおり、先日届いた手紙では、しきりにダーリントン・ホールを懐かしがっていました。ファラディがアメリカに5週間ほど帰...この感想を読む
一執事の視点から見る大英帝国の黄昏
大英帝国の黄昏カズオ・イシグロの長編小説『日の名残り』は、イングランド南部を舞台に、第2次世界大戦後からスエズ動乱までの期間を、貴族の屋敷に執事として務める主人公スティーブンスの語りで描いた物語である。すなわち100年以上世界一に君臨したイギリスが、その座をアメリカとソ連という新たな超大国に明け渡した時期、大英帝国の黄昏時を、帝国の象徴たる貴族に仕えた執事の視点で描いた、大英帝国の衰亡史とも言える内容である。故にこの小説を本当の意味で楽しむには、イギリスの歴史の知識が必要であろう。イギリスは、18世紀末から19世紀の産業革命期を経て、多くの海外植民地を獲得し、ヴィクトリア女王の治世(1837〜1901年)において、政治・経済共に世界一の国として繁栄した。帝国の威光を国民は享受し、貴族、中産、労働者の3大階級が生まれるなど、現代にもつながるイギリスの根幹が出来上がった。しかしながら2つの大戦を経て、帝国の威...この感想を読む
英国執事はを知るには丁度良い!
89年にブッカー賞を取った秀作カズオ・イシグロの日の名残り。ペーパーブックで読んでみたと記憶しています。英国の貴族と典型的な執事の生活様式と思考、そして、過去の物語なので、詳しくないため、先に映画を見てみました。ジェームズ・アイヴォリー監督、主演アンソニー・ホプキンス、エマ・トンプソンで、アカデミー賞に8部門にノミネートになりました。美しいイギリスの邸宅でくりひらげられる密議を眺める執事の視点から、第2次世界大戦の時代が描かれています。戦況につれて、ナチス・ドイツにだんだん巻き込まれていくダーリントン卿の阿鼻叫喚を黙って見守る頑な態度は、圧巻とさえ言えます。部下のミス・ケントンの淡い恋が、映画全編を覆う重苦しい感じの唯一の救いとなっています。英国執事語を学ぶために、一度、英語か日本語で読んでみることをおすすめします。
執事の生き方
まず、物語は現在から始まり、過去の回想といった形で進んでいきます。主人公の典型的で模範的な英国執事が静かに、そして丁寧に語る口調が特徴的であっという間に引き込まれてしまいます。執事として人生の大部分を過ごしてきた主人公の傍からは単調にみえるような毎日、叶うことのなかった淡い恋心、しかし主人公は自分の人生とはなんだったのか後悔することはありません。これは読み手にとってもささやかなメッセージになっていると思います。ちなみに、この日の名残りはアンソニーホプキンス主演で映画化されました。淡々としていながら、静かな余韻のある素晴らしい映画でした。おかげでこの本を読むと、彼の顔が浮かんできてしまいます。
英国執事が語るストーリー
これは日系のイギリス人著者による伝統的な英国貴族とその執事にまつわる話です。「完璧な執事はイギリスにしか存在しない」という言葉が欧州にはあるそうですが、その執事の視点から英国貴族とその家庭生活、女中として勤めている同僚の女性とのほのかな恋も絡んで話は展開します。背景として第二次大戦へと向かう当時の世相が暗い影を落としています。日本人からは珍しい当時のイギリス人貴族のあり方やイギリス衰退の歴史をなぞるかのような物語の展開、主人公の執事のただ忠実に職務を実行する中で、同僚女性とのかかわり合いなどから僅かに漏れてくる本当の姿。全体的に派手な暴力シーンやペクタクルが出てくるわけでもありません。筆致は抑制されていて落ち着いた語り口です。それにも関わらず引き込まれてしまう魅力をもっています。訳文も端正で渋みを感じさせる良質の文学作品で、イギリスでは権威あるブッカー賞を受賞し映画化もされました。イギ...この感想を読む