ナチスによるユダヤ人迫害の後遺症を描いた、シドニー・ルメット監督、ロッド・スタイガー主演による厳しくも見事な秀作「質屋」
この映画「質屋」は、若くしてこの世を去った、アメリカの無名の作家エドワード・ルイス・ウォーランドの小説の映画化で、監督が社会派の名匠シドニー・ルメット監督による作品で、ナチスによるユダヤ人迫害の後遺症を描いた、アメリカ映画では最高峰とも言える秀作だと思います。
第二次世界大戦中のポーランド。野原での一家団欒の風景から、この映画は始まります。 昆虫採集に熱中する娘や風に髪の毛をなびかせて、幸福そうな妻に囲まれて満足そうな表情の、ユダヤ人の大学教授のソル・ネイザーマン(名優ロッド・スタイガー)。 しかし、そんな家庭の幸福が、一瞬のうちにつぶれ去ってしまいます。 1台のナチスの車が走って来て、瞬時のうちに全てが恐ろしい不幸のどん底へと投げ込まれてしまいます。
ナチスの強制収容所に閉じ込められた彼ら、しかも、妻と娘が無残にも虐殺されてからの数年間を、彼は精神的な廃人として生きて来た、苦悩に満ちた悲惨な過去を持っています。 あれから20年の時が経過して、画面は一転して、アメリカのニューヨークとなり、今ソル・ネイザーマンは、黒人地区のスラム街で小さな質屋を営んでいます。
今や、"世の中には金しか頼るものはない"というように、世の中は金が全てだという生活信条のもとに心を閉ざし、人間不信に陥っていました。 そして、彼を尊敬して店の手伝いをする、プエルトリコ青年の助手ジェイムス・サンチェスや婦人社会福祉活動家のジェラルディン・フィッツジェラルドが、心から接しても、ソルの心は開く事がありません。
金が必要になった助手が、かつて非行少年時代に知り合ったチンピラ3人組にそそのかされ、この3人組を彼の手引きによって、ソルの店を襲わせる強盗計画に加わる事になってしまいます。 それを知った助手の恋人の黒人女性が、ソルに身をまかせて、金を手に入れてやろうとします。 ソルは、自分の前に投げ出された黒い裸体に、かつて彼の眼前でドイツ軍のナチスの将校に凌辱された、妻の白い肉体がオーバーラップしたため、この黒人女性に金だけを与えて追い返すのです。
そして、その夜、犯行が行なわれ、助手の合図も待たずに店に押し入ったチンピラ3人組は、ソルを脅迫しますが、その夜に限って金庫を開けていなかったソルが、要求を拒み続けるので、3人組はピストルを発射し、とっさに自分をかばった助手が撃たれて死ぬのを見て、ソルはようやく人間らしい心を取り戻すのです。 シドニー・ルメット監督は、絶えず去来するポーランド時代の悲惨な悪夢を、回想形式でフラッシュ・バックの手法で描いていて、"人間の孤独な苦悩"を冷徹で静かに、しかし、厳しい視点で見つめています。
シドニー・ルメット監督のフィルモ・グラフィにおいても、秀作「十二人の怒れる男」、「セルピコ」、「評決」などと匹敵する、いや、それ以上に"人間を見つめる視点の厳しさ"から言えば、彼の代表作と言っても過言ではないかと思います。
ニューヨーク派の演出家と言われる彼だけに、その下町ロケのリアルな現実感が素晴らしく、また、この映画のクライマックスとも思える、黒人女性が主人公の前に身を投げ出す場面の強烈な印象が、脳裏に焼き付いて離れません。短いフラッシュ・バックに始まって、映像が徐々にはっきりして来ると、主人公が眼前に認める黒い裸形に、20年前の屈辱的に凌辱された妻の白い裸のイメージがダブって来るという場面です。
この映画の製作当時、ヘイズ・コードの規制がまだ厳しかった状況の中で、よくこんな描写が出来たものだと、シドニー・ルメット監督を含め製作スタッフの勇気には、ある種の感動さえ覚えます。 主人公のソル・ネイザーマンを演じたロッド・スタイガーは、その人間の内面から滲み出すような、魂のこもった渾身の演技で、外観上は冷酷非情極まりない初老の男ですが、実はその内面に、人間の心を持ち続けていたという、恐怖や憤怒や嘆きや絶望の感情を巧みに表現し、このソルという複雑な人間像をあますところなく演じ切って、我々観る者の心をグイグイと引きずり込んで離しません。
「夜の大捜査線」での、南部の田舎町の警察署長を見事に演じて、アカデミー主演男優賞を受賞した彼が、それより3年前に、この映画の演技でベルリン国際映画祭と英国アカデミー賞にて、主演男優賞を受賞していたのも、彼の実力からすれば当然だと納得出来ます。
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