設定を生かせていない感が拭いきれないサスペンス - グロテスクの感想

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グロテスク

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文章力
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ストーリー
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キャラクター
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設定
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演出
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設定を生かせていない感が拭いきれないサスペンス

1.51.5
文章力
1.5
ストーリー
1.5
キャラクター
1.5
設定
1.5
演出
1.5

目次

あまりにも似ていない姉妹

この物語の主人公は、ハーフながらも東洋人系の顔立ちを持つ女性だ。地味だとかブスだとか揶揄されながらも、自分は美しいと密かに思っている。対して妹ユリコは類まれな美人で、そのあまりの美しさから、近寄りがたいオーラさえ発している。妹が美しすぎるためから、姉は“妬み”“嫉み”といった負の感情を膨らまし続けている。
主要人物はこの主人公の姉、美人の妹ユリコ、努力家の和恵、Q学園の天才ミツルの4人だ。そして物語は主人公の女性の語り言葉、妹と和恵それぞれの日記、妹を殺した相手の裁判でのミツルとの再会、和恵とユリコを殺したとされるチャンの供述とに分けられる。そのため、主人公の女性からの立ち位置だけでなく、登場人物それぞれの立ち位置から同じ出来事が語られるため、違った見方ができるのはうれしい設定だ。
ともあれ、このハーフの姉妹は、本来なら仲の良いかわいらしい姉妹だったはずが、美しすぎる妹のせいで姉はこじれ、自分を見てもらえない鬱屈がたまり、悪意を膨張させていく。その本当の気持ちと、自分は気にしていないと振舞うジレンマが、彼女の痛々しさを余計増幅させていた。
妹を殺した犯人の裁判でミツルと出会った時、ミツルは主人公の女性のことを「悪意が迸った顔になった」と表現している。それは、まさに物語を読みながら私が想像していたことだったので、とても腑に落ちる表現だった。
そしてこの主人公は名前さえも最後まで明らかにならない。彼女の語り口調、他の3人の表現で彼女の人となりを想像するしかない。それはいつもユリコのお姉さんとしてしか人に記憶されない彼女だからこその、あえて設定なのだろうと思った。それはかなり痛ましいことで、だからこそ妬みや嫉み、自身の正当化ばかりに必死な主人公を、さほど嫌いになれなかった。

ユリコの怪物的美貌

ニンフォマニアのため、生まれつき売春婦のような生き方しかできなかったユリコは、その美しすぎる美貌が特徴だ。どうしてこんな完璧な顔立ちが存在するのかと人に思わせる彼女は、顔だけでなく体さえもパーフェクトだ。そんな彼女は、いろいろな男性と交わる。それはわかるのだけど、どうしてもその“怪物的美貌”というのが想像できなかった。
彼女の美しさの表現は“怪物的”にとどまり、後は“憂いを含んだ瞳”であったりとか、“柔らかそうな唇”であったりとか、比較的ありきたりな表現でしかないというのもその理由のひとつだ。だからこそ想像しうるのはありがちな外国人女優たちで、それらはどうしてもユリコの“怪物的”な美貌にはそぐわないような気がするのだ。
怪物的ならもっと凄まじい何かがあると思うのだけど、それが表現しきれていない。それはとてももったいないことだと思う。
そもそも“怪物”というキーワードはこの物語でよく出てくる。ミツルも主人公の女性が言うには“怪物”だったし、精神を病んだ和恵は見た目そのまま“怪物”だ。
かなりインパクトがあるはずのこの“怪物”という言葉が頻繁に出てくることでその価値を落とし、怪物が怪物でなくなっているような気がする。だからこそユリコのその美貌がありきたりな美人でしか想像できなかったのかもしれない。

痛ましい努力家とスマートな努力家の対比

これはもちろん和恵とミツルのことだ。名門女子高に根付くはっきりとした階級社会で行きぬくための努力を惜しまないこの2人は、やっていることは同じなのにあまりに違う。和恵は明らかに自分の才能以上の努力をし続ける人特有の痛ましさとみっともなさがついてまわり、ミツルは陰で努力をしているのだろうけど、その努力を見せない天才肌だ。だからこそ主人公はミツルのことを怪物と表現したのだろう。
年を経て、なぜか和恵は売春婦となり、ミツルは宗教家になってテロ事件を起こした。それは努力が実を結ぶ結果を求めすぎたのだろうと思う。二人共違う生き方を選んだけれど、努力の結果を手に取りたかったという目的は変わらないんだろうなと感じた。
ただし、それは私の想像で、和恵が売春婦になったくだりはともかく、頭の良かったミツルがどうしておいそれとマインドコントロールされ、テロまで起こしたのか、それは簡単にしか書かれておらず、もっと詳しく知りたかったところだ。ミツルはいきなり現れて、その間投獄され釈放されたと言う。そこをもっと詳しく読みたかったとは感じた。
関係ないけれど、ミツルの「前歯をこつこつと指でたたく」癖は、村上春樹の作品で時々描かれる女の子の癖でもある。

痛ましい努力家の行く末は

和恵は努力の末、大会社に勤め副室長までになっている。そして年収は1000万円だという。にも関わらず売春はやめず、引退を促される37歳になってもなお、街頭に立って客引きをするという最もハードな道を選んだ。そしていつも和恵が立つ場所で落ちぶれたユリコと出会い、この場所を時間差で利用させてくれと頼むユリコに、和恵は自分と同じ格好をするように要求する。その格好とは、腰までかかる長い髪のカツラと青いアイシャドーが特徴の派手なメイクだ。ユリコはそれを了承し、同じ格好で和恵の帰った後に立つことになるのだけど、このあたりはホラーの様相になってもいいところが、まったく怖くない。そして気持ち悪くもない。
もっと言えば和恵の病的なまでのダイエットや、人が見る和恵と和恵が鏡で見る自分との違い、声をかけては化け物と言われるところなど、もっと気持ち悪くてもいいと思う。
ダイエットのためにおでんの汁ばかり飲むという設定は気持ち悪かったけど、もっと怖くなり得る設定だからこそ、どうしても物足りなく感じてしまったのは事実だ。
もしこの設定で村上龍が書いたらトラウマ級になるだろうなと思う。もったいないなと感じたところだ。

数々の生かしきれていない設定

この物語にはたくさんの生かしきれていない設定がある。そしてそれらの多くは回収しきれていない。そのため消化不良感が否めないのは確かだ。
例えば、主人公の女性は出会う男性と自分との間に子供ができたらどんな顔になると想像するのが癖だと言う。その設定は中盤以降ほとんど消えてしまっていた。しかもそんな癖を持っているにもかかわらず、ジョンソンとユリコの息子が出てきた時、誰の子供かということもまるで見当がついていない有様だ。あの設定が伏線となって話が広がるならもっと読み込めたのだけど、まるっきり生かしきれていないのがかなり中途半端な気がした。
あとは和恵とユリコを殺したというチャンだ。彼は苦労して中国から密入国したのだけど、妹と近親相姦した挙句殺したという設定はいらないと思う。普通に密入国してきた寂しい中国人だったほうが話がすっきりするのではないだろうか。あまりにも付加情報が多すぎて、しかもそれを処理しきれていないので、この設定はいらないだろうという気にさせられてしまうのだ。
もっと言えば主人公は確かに地味で愚痴っぽく、自分はハーフだということを密かに誇りに思い、人を嫌って生きている。けれどその悪意さえもどこか中途半端だ。もっと嫌な人間でも良かったと思う。嫌な人間であればあるほど、ユリコへの確執や恨みも感じられるのではないだろうか。
また主人公に冷たく接した和恵の父親だけど、登場にはかなりのインパクトがあったにもかかわらず、さほど重要人物でもない。登場回数も2回程度で、これで終わり?という感じがした。そういった肩透かし感がこの作品にはよく感じられる。
こういう多くの中途半端な設定が、この小説をあまり深みのない仕上がりに感じさせているのは間違いないと思う。

「東京島」を読んで選んだ桐野夏生

桐野夏生を選んだのは、昔読んだ「東京島」が面白かったことを覚えていたからだ。男たちの思惑、その中で一人で生きる女の思惑。中国人たちの野蛮さとたくましさなどがリアルに描写されていた。あの作品では、不気味な男性はどこまでも不気味で気持ち悪かったし、中国人たちの野蛮ではあるけどそれゆえにサバイバル術に長けたところも実感できた(小説が面白かったから映画化された時も見たけど、映画はやはり最後まで見れない代物だった。俳優陣はかなり立派だったにもかかわらずあの仕上がりということは、監督のあの小説への理解度の低さゆえなのかもしれない)。小さな伏線も回収されていたし、読み応えのある作品だったからこそ、同じ作家の作品を選んだのに、今回の作品はあまり好みではなかった。
映画でも思うけど、かなり好みの映画を撮った監督でも、次の作品はあまりにもひどいということがよくある。監督で選んだら間違いなしということはないのだから、小説家でも同じことが言えるのだろう。とはいえ最後まで読み通す力はあるにはあった。だから他の作品をもう一度トライしてみてもいいかもしれない。

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