思春期ならではの敏感さがリアルに描かれた作品 - 少女の感想

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少女

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文章力
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ストーリー
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演出
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思春期ならではの敏感さがリアルに描かれた作品

3.53.5
文章力
3.5
ストーリー
3.5
キャラクター
3.5
設定
3.0
演出
3.0

目次

「死」と接することを求める少女たち

この作品はある少女の遺書から始まる。登場人物たちはすべて高校生の少女たちであるため、この遺書が誰のものかは当然まだわからない。しかし読んでいくと、登場人物たちがうまく絡んでいく湊かなえ作品独特の展開で、どんどんストーリーに引き込まれた。
彼女たちに共通することは「死」に接したいという望みだ。そのために人を殺すとかそういうことでなく、人が死ぬところを見たいという思春期特有の生々しいエゴにあふれた望みが彼女らには共通している。「死」を見ることで自分の価値観が変るのではないか、人格に深みが出るのではないか、人と違った発言ができるのではないか。その理由はさまざまだが、少女たちはそれぞれそれを達成するために行動していく。
「死」を見ようと行動すると言えば、誰もが「スタンド・バイ・ミー」を思い浮かべると思う。しかしあの映画は「死体を見に行く」という冒険ストーリーであるのに比べ、この作品は「人が死ぬのに立ち会いたい」という、ネガティブというかうす暗い要素を含んでいるように感じた。
それが青年なら犯罪に直結するような不健康さを感じるのかもしれないが、登場人物たちが思春期であるということがそれをクリアにしているように思う。

複雑に絡み合うそれぞれのストーリー

この作品は登場人物それぞれの一人称で進むストーリーが、入れ替わりながら進んでいく。この設定だと、おのおのの立ち位置から同じ出来事を語るので、登場人物の感じ方や性格がわかりやすいので好きな設定だ。
この小説の重要な登場人物は由紀と敦子だ。二人はもともと仲の良い友達同士だったけれど、すれ違いが誤解を生み、敵対視とまではいかないまでも、どこかよそよそしい空気が流れてしまっている間柄だ。原因は、由紀が書いた小説のモデルが敦子だということに敦子が気づいてしまったことから始まる。そもそもその小説を書こうと由紀が思いついたのは、敦子を元気つけるためだったのに、思いはすれ違い、敦子は自分をダシにされたと思い込む。クールな由紀はそれらを取り繕ろうとはせず、自分の小説の深み、表現能力の深みを求めるために、「死」を見てみたいと願う。
対して敦子は、自分がダシにされるのは性格に深みがないからだと考え、もっとも死に近いと思った老人ホームのボランティアを始める。
こういう二人の行動、そして彼女たちが関わっていく人々がにわかに関係性を持ち始め、ちょっと世間が狭すぎる設定ではないかと思ったりもするけれど、緻密にストーリーが展開するので、突っ込みながらも読み進めることができた。

思春期独特の自意識過剰さがあふれるリアルさ

登場人物たちが高校生というだけあって、みな思春期真っ盛りだ。そしてその思春期ならではの自意識過剰さ、底の浅さ、そして女の子特有のエゴがとてもリアルに描かれている。この作品の肝はこの描写だとさえ思う。たとえばイジメられ経験のある敦子は、周りから浮くことを極端に恐れ、自分を出さず、周りに好かれる女の子を演出するあまりやりすぎてしまい、逆にそれが浮いてしまっていることに気づいていない。
由紀は、知的で冷静でクールかと思いきや、彼氏の思いがけない本性に驚きながらも、彼は自分のことを好きだという思いに揺るぎがない。その上、大して手玉に取れてもいないのにそう思い込んでいるところが、なんとも思春期特有のかっこ悪さに満ち溢れていて、読み手としては身もだえしてしまうくらいだった。
でもだからこそ自分の思春期時代の黒歴史とも言えるような経験を思い出し、少し甘酸っぱいような、もうあの時期を2度と経験したくないような気持ちになった。あの二人に思春期だからこその生々しさを感じたのは、自分の経験と少しオーバーラップしてしまったからだと思う。

不器用ながらもリアルな女の子である敦子

敦子は文章を読むのも書くのも苦手な、いわゆる“おバカ系”の女子だ。そしてそういうところにコンプレックスを持っていたりもする。でもだからといって魅力がないわけでなく、個人的には由紀よりも好きな人物だ。何より自分に正直なのがいい。冷たくされたら自分がなにかしただろうかと落ち込み、由紀からメールが来るのは自分が送ったときだけだと気づいた時、もう絶対こちらからメールしないというささやかすぎる決意をする。そういったものが、当時自分も自分の周りだけが世界の全てだったことを思い出し、なんとなく切なくさせられた。
でも敦子の敦子さえ気づいていない長所を知っているのは、由紀だというのも二人の友情の歴史を感じさせてくれる。気まずくなっていても、お互いはお互いのための場所をそれぞれの心に残しているような、そんな気がした。
だけど、敦子が由紀の書いた小説を初めて読んだ時の号泣の仕方は、いささか演出過剰だったように思う。周りに合わせるためだけに感情表現を操っていた敦子の唯一の本当の涙だったのかもしれないが、ちょっと映画で感動的な音楽を挿入されたような、そういう過剰なものを感じてしまったのは事実だ。

すべての出来事が他の出来事につながっていく爽快さ

敦子が機転を利かせて老人ホームで助けた老人は、由紀が死を願い続けていた祖母であったことを知った敦子の絶望感は想像にあまりある。自分の小説を盗作した教師に対しての現実的な仕返しなどを考えると、敦子が恐怖を抱いてしまったのも無理はない。その設定は皮肉で切なく、考えさせられるものだった。
また敦子が共に働く通称“おっさん”は、由紀が探し続けていた少年昴の父親だったし、その父親を探すために出会った、情報とひきかえにと由紀に犯罪まがいのようなことをしてきた中年男性は由紀の友人、紫織の父親だったし、敦子が軽い気持ちで意味も分からずに掲示板に書き込んだ悪口は真実味を帯び、詩織の友人を自殺に追い込んだ。そういった芋づる式に出来事がつながっていく展開は湊かなえの作品ではよく見られる(特に「Nのために」や「物語のおわり」などが印象に残っている)。登場人物にも出来事にも無駄がなく、すべて回収してまとまっていく展開は、読んでいてとても心地よい。ああここにつながってくるのかとか、最初の遺書はこの子のものだったかとか、すべての謎が最後あたりになってくるとどんどん解明し、そのため物語を読むスピードもそれに伴い加速していく。その感じは、湊かなえ作品ならではの楽しみだと思った。

少しイメージが違った最後あたりの由紀

由紀はクールながらも、敦子の不遇さを見放すことなく常に励まそうと考えあの小説を書いた。自分の表現力の深みを目指すために「死」を目の当たりにしたいと考えたり、目的のためなら手段を選ばないような思考回路の、少し男性的な考えをする少女だと思っていた。そしてその目的は決して物欲的なものでなく、精神的なものだと感じていた。だから最後、少女に人気のブランド品欲しさに、男性を脅迫したあたりは少し違和感が否めなかった。
そもそもその中年男性は、昴くんの父親を探すために知り合った男性で、昴くんの父親の住所とひきかえに自身の歪んだ感情を由紀にぶつけてきた軽蔑すべき男性ではあったけれど、由紀がそんなカバンだの財布だののために、自身が見下していた男性にわざわざ近づいたのがどうも私の想像していた由紀らしくないと思うのだ。
言うなら、紫織が持っていたそのサイフだのカバンだのを内心「欲しい!」と願いことさえなんとなく由紀のイメージとは違った。
最後紫織が告白した嘘チカンの話は、どう考えても被害者は昴くんの父親だったし、紫織の自殺した友達はどう考えても由紀の小説を盗んだ教師の相手だということは由紀の頭なら分かったと思うけど、それがどうでもよいと思えるくらいにそのカバンに心を奪われているのが、高校生ならではのリアルなのかもしれないが、それでもそこまで読み進めてきた由紀のイメージと最後の場面はしっくりこない気がした。
ラスト、由紀がカバンのために再度近づいた中年男性は紫織の父親だった。自分の娘と同じ年の女の子にわいせつ行為を働いたとされ、結果、執拗なイジメのターゲットとなった紫織も友人と同じように自ら死を選ぶ。この展開はすべての出来事を回収しきったようで、自殺という展開ではあるけれど、心地のよいものだった。
この死に出会って由紀と敦子の人生は深みがでたのだろうか。それともまるでなにも変らない毎日を送っているのだろうか。読み終えた後、二人のこれからについ思いを馳せてしまった。
読後感は湊かなえ特有の後味悪さはあるものの、個人的にはこの後味の悪さを味わうために湊かなえを読むと言っても過言ではない。
この作品は湊かなえの代表作になるのではないかと思えた作品だった。

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