今の時代に合った表現と清少納言の知性を求む。 - 桃尻語訳 枕草子の感想

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桃尻語訳 枕草子

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今の時代に合った表現と清少納言の知性を求む。

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文章力
2.7
ストーリー
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キャラクター
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設定
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演出
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目次

当時も寒かった「おっさんによるバブル期の若い女性の言葉」

当時(1987年)としてはとっつきにくい古典を分かりやすい口語訳にした書籍として大変注目が集まっていた。それについては画期的という意味では評価できる。

分かりやすいのは事実だし、受験生としてはテストの回答欄にはもうちょっと固い言葉での口語訳を書かねばならないにしても、この書籍の砕けた解釈はかなり強い味方になったろう。

しかし、やはり女性ではなく中年男性が女性になり切って(清少納言をバブル期の若きイケイケ女性に見立てて)書かれたもののせいか、どうも口調に違和感があり、「表現が寒い」と感じる。今はまた流行り言葉が変わってきているので、「ナウい」という表現ですら失笑されてしまいそうだ。

まだ枕草子本文の訳は良しとするにしても、問題なのは、清少納言本人ではなく著者のなりきりによる自称清少納言の前書きと、ちょいちょい本文の話の腰を折る長々とした注釈である。

文章自体がそもそも清少納言本人の言葉ではなく創作されたものであり、男性が女性の「なりきり」を演じているせいか、どうも口調が「おしゃべりのしつこいオカマ」としか思えぬキャラクターになってしまっており、どうもいただけない。若干このオカマ口調と脱線に慣れないと読みづらい作品である。

清少納言は口語体でエッセイを書いていたのか

著者の本来あるべき訳の説明を読むと非常に納得いく部分もあり(この点においてもなりきりオカマ清少納言より橋本氏自らの言葉とした文章の方がはるかに読みやすい)原文との対比事例においては「本当は清少納言はこんな堅苦しい教科書のような文章を書いていたわけじゃないんだ」という点においては参考になる。

しかし、清少納言はただ中流階級貴族のエッセイストだったわけではなく、定子中宮という天皇の妻にあたる人に仕えていたわけなので、言ってみれば宮内庁の教育係であったわけだ。

そういう立場のエリート人間が、この本の訳のようにちょっと頭の悪そうな口語を使うだろうかという点においてはいささか疑問に思う。個人的には今でいうところのさくらももこさんのように、文体自体は丁寧だがどこか毒舌や皮肉も混じったような、切れがある文体だったのではないだろうか。

読んでいると著者がギャル語をうまく使いこなせてないのか、回りくどい言い回しになってしまっている訳もあり、文体に切れ味がない。女性の監修者の協力があれば、また違ったかもしれない。

無理な訳事例

この作品の訳の切れがない理由の一つとして、原文の「いと」を、全部「すっごく」「すんごく」としてしまっている点である。語尾を「!」や「ッ」などで終わらせている点も、鼻につくと言うかひたすら「痛い」という感じだ。確かに、いとあわれなどの言葉は、現代の若者言葉に訳すと「超ヤバい」などで済んでしまうのかもしれない。しかし、清少納言がキャリアウーマン、今でいう宮内庁勤めの女性のエッセイストと言うなら、やはり知性と切れが必要になってくるのではないだろうか。エッセイの表現として、「すんごく素敵!」はあまりに稚拙で下品だと感じる。作家の表現力としてどうなの、清少納言の文章力とはこんなものか、という誤解を持ってしまうのだ。

現代人にわかりやすいかどうかにウェイトが置かれているので、文章力という側面が無視されてしまっている。

例えば第一段の冬の良さを語った訳がそうだが、

昼になってさ、あったかくダレてけばさ、火鉢の火だって白い灰ばっかりになって、ダサイのッ!

とあるが、「~さ」という言い回しもくどくて知性を感じない。バブル期当時だってこんな話し方をする女性が実在いたらかなりうっとおしいかったと思う。

昼になり、暖かくなってくると、火桶の火も灰だらけになってイマイチである。

というような感じの方が彼女の立場を踏まえると近いのではないか。最後の原文「わろし」は確かにダサいという意味と同義かも知れないが、ただわろしとしか書かぬ清少納言の表現は非常にシャープで「ダサいのッ!ムカつくムカつくぅ」というヒステリックな感情は付加されてないように思う。イマイチと言う訳は文章として面白くはないしあくまで例であるが、少なくとも高位の女性に仕える作家の表現としては「ダサいのッ!」よりは現実味はあると思う。

この訳本の残念な点は、読者の受けを狙って清少納言を身の程をわきまえぬ(宮廷につかえる人間としての節度を知らぬ)アホ女にしてしまった点である。彼女を口の悪い一般人OLとか、今でいうところのJKに見立てて訳したという前提ならそれもアリだが、自分は才女だったし、前書きのキャラに沿うなら紫式部にバカにされる覚えはないわと豪語する女という設定なのだから、彼女の立場や知性、人間性も踏まえるべきではなかったか。

なんとなく漫画「あさきゆめみし」の源氏物語解釈が見事なのをなまじ知っていると、この本の清少納言が負け惜しみを言っているだけの痛い女性のように思え、いささか残念である。

今風に再編集しても良いかも

牛車が「くるま」、官が「ポスト」というルビなのに、早朝に「つとめて」という古語のルビになっているあたり、どこまでを現代風にし、どこまでを古語にするか、少し基準があいまいな点も散見される。今の若者言葉だとなんでもガチ、ヤバい、超など意味が深いんだか浅いんだかわからぬ言葉になりがちだが、もう一度彼女の推定年齢や立場を踏まえ、自然で人柄の誤解を招かぬ形で再版されないかという期待がある。なお、やはり男性が表現する女性の口語はどこか不自然になりがちなので、口語体に訳すなら女性の監修は必須だろう。

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