何回読んでも面白い、サスペンス漫画の最高傑作
ジャンルが不明
私はこの作品を一言で表すことができない。十言でも全然足りないくらいだ。
ジャンルは本格ミステリーまたはサスペンスで片づけてほしくない。
この作品の最終的な目標は大量殺人の犯人を見つけ出すことだが、
普通の犯人探しのような視点で読んでいられる場合ではなくなってくるほどの、
これでもかというくらい登場人物たちの人生や心理、
人間の持つ暗い闇の部分、苦悩や悲しみ、憎しみその中から生まれる優しさ、
それ等が作品の中で、謎に迫ることに大きく関係してくる。
人が普段平和に生活している時はまったく感じない自分の中の暗い心理部分が
登場人物たちの感情と共感し、作品に引き込まれて行く。
時間を忘れるほどに夢中になり、続きが気になり一気に読んでしまいたくなる。
だが細かいところに重要な付箋が張り巡らされているので、
一気に読み進めると、大事な部分を見過ごしてしまう。
なので、何度も読み返して、理解を深めながら読んでいると、また新しい発見ができる。
どんどんこの物語の奥の奥へ、読み終わった後もしばらくは作品から抜け出せないくらいの
衝撃を受ける。
怖くなるくらい深すぎる作品なのに読みやすい。
冤罪、権力抗争、異常心理、人体実験、重くて深く救いようのないテーマが
複雑に絡み合いながら、主人公を巻き込んでいく。
理解しようとすればするほど、深すぎて理解が困難になっていく。
ベルリンの壁崩壊後のドイツが舞台という馴染みのない設定で
作品を読み進めることを少しだけ躊躇した。
主人公が真面目で堅実な優しい日本人であり、熱心な外科医というところが、
読み始めから親しみを感じられる。
またこんな難しい設定と内容を裏切らない画力、キーマンとなる双子は美少女と美青年
その他の登場人物も次から次へと出てくるが、どの人も個性的な特徴があり、
漫画にありがちな、同じ顔でよくわからない、ということは全然ない。
登場人物が多い中で、それぞれの表情まで、細かく繊細に描かれている。
テンポの良さと惹きつけられるコマ割りが、絶妙で、
自分の頭の中で勝手に映像のようになって進んでいく感じはたまらなく快感だ。
個性的だが人間らしい主要人物、無駄のない脇役たち。
主人公のDr.テンマの外見はとにかく普通の日本人男性で
優しく、人当たりが良く、真面目で熱心な天才外科医という設定だ。
その性格はまさに日本人代表と言った感じだ。
その生真面目が原因で物語前半で病院内の権力抗争を離脱することになる。
しかも、殺人事件の犯人としてしつこい刑事に追い回されることとなってしまう。
前半から次々と起こる事件が、テンマの心をかき乱していく。
見出しのように個性的というには、普通過ぎるように思える主人公だが、
物語が進むにつれて、その真面目さが、真相を知る力となり、熱心さが執念となって
全てを捨ててまで真実を突き詰めていく姿は、ただの普通の人ではない。
テンマのひたむきなヨハンを追う姿勢は、応援したくなる。
これ以上恐ろしいことにならないでほしいと願いたくなる。
だけどもし、自分が主人公と同じ状況になったらと思うと、
自分も彼のように、ヨハンを理解したいと思わせる魅力がある。
双子のヨハンとアンナ
顔がそっくりな美男、美女の双子、この双子が物語のキーマン。
ヨハンは幼いころにDr.テンマが命を救われたことに親以上に感謝の気持ちを持っている。
しかし、ヨハンは美少年なことは前半でもわかるが、現在どこで何をしているかは不明で、
今までどう生きてきたのかも不明。とにかく謎に包まれている。
一見とても優しそうな好青年でとても頭脳明晰だが、実は大量殺人を繰り返している。
一方、アンナであるニナは明るく元気な美少女で誰からも好かれる優しい大学生として暮らしているが、
幼いころの記憶を失っている。その記憶にはヨハンと一緒にいた頃のトラウマが隠れている。
ニナ自身もそのことに気づき始めている。
ルンゲ警部
外見はM字ハゲで痩せ型、敏腕で優秀。
じわじわじめじめと、しつこい刑事。
すさまじい記憶力を持っている。
右手をカタカタ動かし、自分の頭のコンピューターに入力しているという。
テンマを犯人と疑い追い続けていくことで、ルンゲ警部も物語の真相を知っていくこととなり
彼の気持ちも変化していく、最初はただひたすら邪魔な存在に感じるが、
本当に優秀なので後半は頼りになる。
エヴァ
テンマが務めていた病院長の娘、テンマと婚約していたが、出世コースから外れたことで
婚約を一方的に解消するも、テンマのことが忘れられない。
とにかくひねくれていて、かわいくない性格なので、テンマへの愛は憎しみになる。
しかもアルコール依存症で酒に入り浸る生活を送るどうしようもない女。
上記の主要人物のキャラクター設定は、外見の分かりやすい特徴や、
突飛な能力があったりするわけではないが、
人間的な性格部分がそれぞれ個性的でそれがゆえにリアリティがある。
他にも、独特で癖のある登場人物がたくさんいる。
例えば、テンマに協力した新聞社のマウラーさんは、登場してすぐに、アンナの養父母が殺害されるときに一緒に殺されてしまう。
登場シーンはとても短いのだが、彼がヘビースモーカーであり、仕事第一で家族が出て行ってしまったことなど、家族を迎えに行こうかと、テンマに打ち明けたりする。
また、テンマに射撃を教えてくれた元傭兵のヒューゴーさんは、森の中で少女と暮らしている。
その少女は自分が殺した親の娘だという。テンマが作った肉じゃがを食べるとき、
少女は上手に箸が使えるが、ヒューゴーさんはうまく使えず、少女がくすくす笑うようなシーンがある。
テンマがヨハンを追う道中で出会う人々、その一人一人に細かい人物設定がされていて、
とにかくストーリーにも人物にも無駄がない。
謎の孤児院キンダーハイム
東ドイツに存在していたと言われる謎の孤児院、ここで行われていた非人道的な教育は、
国家のために働く奴隷殺戮人形を作る孤児院という場所。
ヨハンを追っていく中で、テンマはここで育ったジャーナリストと出会うこととなり、
511キンダーハイムでの実験がどんなものなのかを知ることとなる。
人間の感情を弄ぶ、史上最低最悪の孤児院。
ヨハンが大量殺人者になってしまったのもここで生活していたせいなんだと思わせる。
なまえのないかいぶつ
作中に出てくる絵本で、子供を洗脳するという目的で作られているという恐ろしい絵本。
簡単でわかりやすい内容だが、せつなくてとても悲しい話の絵本。
ヨハンが大量殺人を繰り返すような人間になってしまったのは、511キンダーハイムの人体実験と
この絵本のせいだ。
と、いうことで話を終わらせても良いくらいの決め手となるのだが、
それだけでは終わらないのがこの漫画のストーリーの凄いところだ。
大量殺人者を理解したくなる
こうしてレビューを書いていてもそうなのだが、
犯人であるヨハンを捕まえるなんていうことより、
ヨハンがなぜ大量殺人者となってしまったのか、なぜそうなってしまったのか、
いつの間にか、その視点で漫画を読んでいる自分に気がつく。
511キンダーハイムもなまえのないかいぶつも、
ヨハンが大量殺人者になってしまった過程なのではないだろうか、
母や妹を思う気持ちは誰にでもあるものだ。
何度も読み返しているが、本当のヨハンの気持ちは、ヨハンにしかわからないのかもしれない。
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