恋愛ものにしても選挙ものとしても中途半端な作品 - アメリカン・プレジデントの感想

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恋愛ものにしても選挙ものとしても中途半端な作品

1.51.5
映像
1.5
脚本
1.0
キャスト
2.0
音楽
1.5
演出
1.0

目次

ロブ・ライナー監督にしては・・・

監督ロブ・ライナーは「スタンド・バイ・ミー」や「ミザリー」、「ストーリー・オブ・ラブ」など、その鬼才ぶりを発揮しながらもその優しげな表情が魅力的で好きな監督の一人だ。「ストーリー・オブ・ラブ」では自らも出演し、その人柄の良さがにじみ出ているような役柄がよくはまっていた。ラブロマンスもうまいと思うし、「ミザリー」のような一方的な狂気に満ちた愛もリアルで怖いくらいだった。だから今回も大統領とロビイストの恋という華やかなロマンスを想像して観たのだけど、ロブ・ライナーの真髄がこの映画ではあまり感じられなかった。
ストーリーにはそれほど波はなく、大どんでん返しを狙ったような大仰な演出もない。そこは好感が持てたのだけど、テーマである「大統領とロビイストの恋愛」にもっとロマンティックなものを感じたかった。
大統領選を目の前にして様々な障害が二人に訪れるけれど、その障害もちょっと弱い。もっと二人の感情がかき立てられるような強いものであって欲しかった。
そういう意味では、恋愛ものとしても選挙ものとしても中途半端に仕上がっている作品だと思う。

圧倒的に足りない“恋に落ちた瞬間”の描写

マイケル・ダグラス演じる大統領は、アネット・ベネング演じる環境担当ロビイストのシドニーを恐らくは一目見たときから恋に落ちたのだと思う。一目ぼれはいいのだけど、その恋に落ちた瞬間が全くわからないうちから、いきなり周囲に「交際したい女性がいるんだ」と告白するので、いつの間にそんなことになったのかと展開に驚いてしまった。
それはシドニーにも同じことが言える。大統領のアプローチに押され気味だったのはわかるけど、彼女自身も決して流されただけでなく好きになったポイントがあるはずだ。そのいわゆる“感情の動機”のようなものを感じて初めてリアリティがあると思うのだけれど、今回の映画に限っては二人ともの“恋に落ちた瞬間”がはっきりしなかった。
そしてシドニーが大統領にプライベートで食事に誘われてその服を悩んでいるときも、その喜びようがあまり伝わってこない。
たとえば「ザ・エージェント」ならトム・クルーズ演じるジェリーが突然家に来るといったときの、レニー・ゼルウィガーが演じるドロシーの浮かれ具合といったらこちらもにやけ笑いが止まらないくらいだった。あれこそ恋するもののリアルだと思う。今回のシドニーにはそれがまったくなかった。だから本当に恋しているのだろうかと思ってしまった。
そしてこれは俳優の演技うんぬんではなく、監督の采配が原因だと思う。俳優は恐らく監督の言うとおりに演技したのだから、俳優に文句をつけるのはお門違いだろう。
ラブロマンスがうまいロブ・ライナーにしてはちょっと詰めが甘いんじゃないのかなと思わざるを得ない展開だった。

ラブ・ストーリーとしての良いところ

とはいえ、さすがロブ・ライナーというような、ツボをわきまえたラブストーリー展開もあるにはある。フランス大統領の就任式に大統領がシドニーを誘いダンスを楽しんでいるとき、シドニーが「どうしてあの女は大統領と踊っているのか皆が疑問に思っているわ」と少し不安げに伝えたとき、大統領は「彼女の名前はシドニーウェイド。理由は大統領が誘ったから」と返す。その返し方がとてもシンプルでロマンティックで愛情に溢れていていいなあと思えた。また大統領がその立場ゆえボディガードなり回りの関係者を冷や冷やさせながらも、自分で花束を買うと言い張るところなどもラブコメ要素もあり、それなりに楽しめるところもあるにはあった。
恋に落ちた瞬間はわからなかったけれど、恋している時の行動はラブロマンス要素に満ちていた。特にマイケル・ダグラスがその役柄に魅力をあふれさせていたと思う。シドニーに電話したあとのいたずらっぽい顔とか、少年のような表情とかは恋するものの有頂天さ加減がよく出ていたと思う。
また大統領の「大統領が恋人にバラを贈るにはバラ園を持つことだ」という言葉も甘くて好きだ。

マイケル・J・フォックスの素晴らしさ

主役はもちろん大統領のマイケル・ダグラスだけれど、この映画で忘れてはならないのは、マイケル・J・フォックスである。彼の存在感はマイケル・ダグラスにも全く引けをとっていない。
主席顧問ルイスとして大統領に言うべきことを言う彼の必死さや誠実さをマイケル・J・フォックスがうまく演じている。しかもそのセリフや仕草がまるで演技ではないくらいの自然さで役にはまりきっていた。
マイケル・J・フォックスといえば代表作は「バック・トゥ・ザ・フューチャー」シリーズだろう。あの映画でもドクのために必死に走り回ったり、つい殴ってしまったビフがものすごい長身だったときのあせり顔とか、そういったぎりぎりの演技がうまいと思う。その上コメディ色の強い映画でもコメディが強くなりすぎない絶妙な演技が印象的だ。
今回の「アメリカンプレジンデント」はそのようなコメディ色は全くないシリアスな役だけれど、その必死さは相変わらず伝わってきて名優だなあと再確認できた。
この映画自体はそれほど評価できないけれど、このマイケル・J・フォックスを見るのは価値があると思う。

数々出てくる小さな疑問

なんでそうなるの?と疑問に思う場面がこの映画には多くあった。それがストーリーに没頭できなかった理由でもある。
例えば、シドニーが招かれたフランス大統領就任パーティで、シドニーが目の前に座ったフランス大統領夫妻が退屈そうにしているのに気づき大統領に耳打ちする場面があるのだけど、フランス大統領ともあろう一流の人が退屈な顔をあそこまでおおっぴらに出すものだろうか。表情を出すことで国際的な駆け引きがあるのかもしれないけど、あそこまで顔に出すかなと疑問に思った。そのあと「フランス語を話せる人は?」と大統領が同席している人たちに聞くのだけど、すかさずシドニーがフランス語で何かをフランス大統領夫妻に話しかけ、雰囲気を取り戻した。夫妻はぱっと顔を輝かせ話題は盛り上がるのだけど、フランス語で話したのはシドニーが話しかけたいくつかのセンテンスだけで後は再び英語の会話に戻るという破綻具合に、違和感ありまくりだった。そもそも夫妻は英語話せるし、この場面はシドニーのスマートさを言いたかったためだけに考えなしで作られた場面のように思えた。
あと大統領に主席顧問ルイスと補佐官のロビンが、シドニーに対する恋は今はあまりタイミングがよくないというようなことを伝えている最中にシドニーがノックして入ってくる場面があった。大統領はこの2人を退出させるのだけど、この2人の退出の仕方があっさりすぎる。さっきまで白熱して大統領にまさにシドニーのことを話していたのに、もうちょっと振り返るなり、後ろ髪引かれるような表情があってもいいと思った。

対立候補ラムソンのあきらかな悪者ぶり

実際の大統領選挙の戦いがかなり激しいことを思うと、ラムソンが行った個人に対しての人格攻撃などは当たり前なのかもしれないが、それにしてもシドニーの弱点を掴んだというその弱点が弱すぎて、ちょっとリアリティがなさすぎた。
ラムソンが掴んだのは何十年も前の一般的なデモでシドニーが星条旗を燃やしたというものだった。古すぎるし、現大統領は大統領にもなってない頃だし、もちろん2人は出会いもしていないし、これを掴んで世間に発表したところで自分の株が落ちるだけではないかということにラムソンが気づかないわけがないと思うのだ。
大統領の高潔さを際立たせるために、ラムソンをわかりやすい悪者として仕立てているのはわかるのだけど、もうちょっとリアリティのある設定でないとストーリーにまるっきり入り込めない。
またシドニーを娼婦呼ばわりするところは、さすがにないと思う。証拠もなしにここまで言うなら、アメリカのような訴訟社会なら訴えられておかしくはないだろう。しかもシドニーは弁護士でもある。この辺はちょっと無茶苦茶すぎるなと思ったところだ。

大統領の突然の名演説の不思議

シドニーがいきなり大統領の部屋に駆け込んできては荷物を怒り狂いながらまとめていたりと、なぜそうなったと思う場面は数々あるけれど、極めつけは最後の場面にあった大統領の名演説だ。あれほど頑なにラムソンの言葉を否定する会見を開くことを断っていたのに、ここで誰にも相談せず、予定にもない演説をぶちあげることができるのだろうか。そして誰の力も借りずあそこまでの力強い演説ができるものだろうか。そもそもいつ作ったのか。数々の疑問が沸き起こり、がっかりしてしまったラストだった。
演説の中には銃規制を完璧にするという言葉もある。アメリカのタブーである銃規制に触れるところや、大統領の真面目な恋愛など、テーマは悪くないのに、全体的に残念な仕上がり具合の映画だった。

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