「自分らしく生きる」勇気をくれる小説 - 漁港の肉子ちゃんの感想

理解が深まる小説レビューサイト

小説レビュー数 3,368件

漁港の肉子ちゃん

4.674.67
文章力
4.50
ストーリー
4.17
キャラクター
5.00
設定
4.00
演出
3.83
感想数
3
読んだ人
3

「自分らしく生きる」勇気をくれる小説

4.54.5
文章力
3.5
ストーリー
4.0
キャラクター
5.0
設定
4.0
演出
4.0

目次

ありのままVS自意識の塊の母娘

かしこくかわいい小学5年生の娘・キクりんと、まん丸に太っていて明るい38歳母・肉子ちゃん。

正反対の母と娘。二人の会話や関係から見えてくるのは、「ありのままVS自意識」という、私たちにとっての理想と現実が、物語を通して表現されていると感じました。

誰しも、肉子ちゃんのように自分らしく生きたい」と思ったことがあるのではないでしょうか。肉子ちゃんはたくさんの過去があって、不細工で、ちょっぴりおバカだけど、底抜けに明るくて太陽みたいな人。肉子ちゃんのように生きることができたら、きっと楽しいですよね。

一方、キクりんは賢くて可愛いけれど、友人との会話や肉子ちゃんとの関係で、どこか息苦しさを感じている。現実ではキクりんのように、自意識でがんじがらめになって、息苦しくなることもありますよね。ちゃんとしなきゃ、迷惑をかけないようにしなきゃと、自分で自分を苦しめしまう悪循環。

キクりんと肉子ちゃんという正反対のキャラクターを中心に展開されるこの物語を通して、人間の「ありのままVS自意識」「理想VS現実」を、そのまんま問題提起されているように感じました。正解なんてないのに、私たちはなぜか「正しく」あろうとする。「ちゃんと」しようとする。そんな私たちへの、作家・西加奈子さんからの、私たちが自分自身で答えを見つけなければいけない「自分らしく生きるとはどういうことか」という、問いかけなのではないかと思います。

血がつながっていなくても、家族になれる

キクりんが盲腸で入院したときに、サッサンがかけたこの言葉がとても印象に残りました。キクりんは鋭いし頭がいいから、たくさんたくさん考えて、周りを見ながら行動している。それはとてもすごいことだけれど、とても苦しい生き方でもある。

「生きてる限りはな、迷惑かけるんがん、びびってちゃだめら。」この言葉はキクりんの核心をついていた。キクりんが自分の心を守るために頑丈な壁をつくっていることにも、ちゃんと気づいていたからこその発言だと思います。キクりんは我慢して我慢して、いろんなものを溜め込んでしまっていた。

キクりんの場合、肉子ちゃんには言いにくいですよね。肉子ちゃんがおバカで鈍いから言っても仕方ないという捉え方もできるけれど、それだけじゃないと思うのです。望まれていない子だと自分では思っていて、本当のお母さんじゃないこともわかっていて、でも肉子ちゃんが本当は大好きで、だからこそ、言えないこともある。

一見「良い子」であっても、本当は無理をしているだけで、迷惑をかけるのをびびっているということ。サッサンの立場からすれば、キクりんにもっと頼ってほしかったのかもしれません。同時に、「みんな、もっと人に寄りかかってもいいんだよ」「ひとりで頑張らなくていいんだよ」というメッセージなのかな、と思います。

サッサンは「血が繋がってねえからって、家族になれねわけじゃね」とも言っていて、これってサッサンとキクりんだけじゃなく、キクりんと肉子ちゃんにも当てはまる言葉で、とても心動かされました。血がすべてではない。共に生きていく人は、家族になれる。既存の概念に囚われがちな硬い頭に、サッサンの言葉が刺さりました。

あなたは、あなたでしかない

この物語のテーマは「生き方」だと思いました。

キクりんは賢くて可愛いけれど、いつも周りの目を気にして息苦しさを感じている。一方、肉子ちゃんは、好きなように語呂合わせをしたり、漢字の読み方の話をしたり、好きな時に好きなだけ食べて、好きなだけ泣いて、好きなだけ笑う。そんな肉子ちゃんの生き方に、自由さに、どうしようもなく憧れてしまう自分がいました。心の奥底にあるものを、引きずりだすような、そんなストーリー。

自意識が常に私たちに付きまとう。本当に肉子ちゃんのように生きることは難しい。大人は自由と言うけれど、自由なようで自由じゃない現実に、目を背けて生きている人もたくさんいるのではないでしょうか。子どものころから、キクりんのように、息苦しい中がんばって踏ん張って生きている人もいるのではないでしょうか。

かっこ悪いこと、恥ずかしいことを、隠しい気持ちもあることでしょう。だけど、それもまた、自分。肉子ちゃんのおばかで鈍感なところも、キクりんの自意識が強いところも、それも含めて、肉子ちゃんは肉子ちゃんで、キクりんはキクりんなのですよね。サッサンだって、何でもかんでも知っているわけじゃない。キクりんの本当のお母さんだって、心細さに耐えることができなかった。みんな何かしら抱えている。でもそれが、本来の姿ですよね。

みんな完璧な人なんていなくて、むしろ完璧じゃなくていい。未熟でも、未完成でもいい。それも含めてあなたはあなたなんだということを、認めてみたら楽になるよ、と言われているような気がしました。

SNSが盛んになり、皆が自分の良いところばかり見せようとする時代だからこそ、「あなたはあなたでしかない」ということを、優しく語りかけてくれているように感じました。

あなたも感想を書いてみませんか?
レビューンは、作品についての理解を深めることをコンセプトとしたレビューサイトです。
コンテンツをもっと楽しむための考察レビューを書けるレビュアーを大歓迎しています。
会員登録して感想を書く(無料)

他のレビュアーの感想・評価

肉子ちゃんは世界中に。混沌とした世界を照らす希望の物語

「肉子て!」タイトルからすでに先制パンチ、西加奈子の凄さこの小説の著者は言わずと知れたベストセラー作家だが、著者の数ある作品の中でもタイトルのインパクトは本作がピカ一だろう。漁港なのに魚じゃなくて肉!?たぶん太った女の人が主人公なんだろうけど、あだ名だよな。あだ名じゃなかったらやだな…などと、読む前から想像力をガンガン働かせてしまう。タイトルからもうやられた感満載である。そして読み始めてやっぱり、やられた…である。もう話にどんどん引き込まれてしまう。肉子ちゃんのその枠外のキャラクター。明るいふとっちょのブスで、常に大阪弁で変な語呂合わせが好きで、そして、何よりも情に厚く涙もろい。このキャラクターにやられて、読んでいる間に何度鼻の奥がツンとしたことか…。シビアな世界と肉子ちゃんという浄化装置このすごいキャラが暴走するだけではなんだか疲れてしまう話になりそうだが、そこをクールダウンさせてく...この感想を読む

5.05.0
  • つきづきつきづき
  • 335view
  • 2488文字
PICKUP

肉子ちゃんになりたい

肉子ちゃんに圧倒されます。母親である肉子ちゃんのキャラというのはなんだろか、豪快でいて、純粋、そして懐が深い。ガハハハ!と大口を開けて腹の底から笑い、ちょっと空気の読めないような冗談や、笑ってはいけない場面でも笑ってしまうような不謹慎さを持ち合わせているにも関わらず、あー肉子ちゃんなら仕方ないね、て思わせてしまうような存在です。近くにこんな人いる気がする、なんとなく知ってる気がする、とも思わせるんですが、実際はいないような。肉子ちゃんのように本当にわかりやすく、自身をさらけ出しても愛される人っていうのはなかなかいないと思います。肉子ちゃん自身は愛されている実感などあまりないのかも知れませんが。自身の周りの人間を全て善人としか考えておらず、受け入れる強さ、温かさ、そしてそれに甘えた人間に例え酷い仕打ちを受けたとしても、またガハハハと笑って許し、前に進む。そんな肉子ちゃんのそばにずっといる...この感想を読む

4.54.5
  • きよみきよみ
  • 220view
  • 2182文字

関連するタグ

漁港の肉子ちゃんを読んだ人はこんな小説も読んでいます

漁港の肉子ちゃんが好きな人におすすめの小説

ページの先頭へ