肉子ちゃんになりたい - 漁港の肉子ちゃんの感想

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漁港の肉子ちゃん

4.674.67
文章力
4.50
ストーリー
4.17
キャラクター
5.00
設定
4.00
演出
3.83
感想数
3
読んだ人
3

肉子ちゃんになりたい

4.54.5
文章力
5.0
ストーリー
4.0
キャラクター
5.0
設定
3.5
演出
3.5

目次

肉子ちゃんに圧倒されます。

母親である肉子ちゃんのキャラというのはなんだろか、豪快でいて、純粋、そして懐が深い。ガハハハ!と大口を開けて腹の底から笑い、ちょっと空気の読めないような冗談や、笑ってはいけない場面でも笑ってしまうような不謹慎さを持ち合わせているにも関わらず、あー肉子ちゃんなら仕方ないね、て思わせてしまうような存在です。近くにこんな人いる気がする、なんとなく知ってる気がする、とも思わせるんですが、実際はいないような。肉子ちゃんのように本当にわかりやすく、自身をさらけ出しても愛される人っていうのはなかなかいないと思います。肉子ちゃん自身は愛されている実感などあまりないのかも知れませんが。自身の周りの人間を全て善人としか考えておらず、受け入れる強さ、温かさ、そしてそれに甘えた人間に例え酷い仕打ちを受けたとしても、またガハハハと笑って許し、前に進む。そんな肉子ちゃんのそばにずっといる人間には全部見えてて、全部理解できて、なんでそんなお人好しなんだ!と怒りが湧く場面もあったりするものの、最終的にはこの人のそばにいると自分も幸せになれる気がする、と、ずっとそばに居続けた人間には思わせられるんじゃないかと感じました。

不思議な親子関係なんです。

肉子ちゃんの娘であるキクりん。思春期の娘にとって、みっともない母親というのはどうにも受け入れがたいものです。肉子ちゃんは見た目が余りよろしくない、キクりんは評判になるほどのキレイな娘なのに母親はそうではなく真逆。そして不躾で、明るくうるさい母親をうっとおしくも感じてしまいます。娘であるキクりんに、自分のみっともなさを全部さらけ出し、キクりんに冷たくされても決して怒らず笑っている。普通であれば娘の前でも母親だってカッコつけたい、娘に軽蔑されたくない、と思いがちですが、肉子ちゃんはこれが私だから、と言わんばかりにさらけ出します。人ってのはおそらく自分が自信がない部分などを指摘されたりバカにされると逆上する事が多いと思うんですが、肉子ちゃんはありのままの肉子ちゃんが自分自身なのだから、と受け入れ、批判などにも傷つかない。自分で自分を理解し、認めているからできることなんだろうな、と思いました。そんな肉子ちゃんのそばにいるキクりん。思春期特有の傷つきやすさ、感じやすさを持って周りの人間と接しています。いろんな人、肉子ちゃんや、それ以外の町の人や学校のクラスメートとの関わりの中で、彼女は自分自身を知っていきます。些細な会話のやり取りや、相手の表情、そんなものに繊細に左右され、自分はなんでこんな人間なのか、と嫌になることもしばしば。母親の肉子ちゃんの自分自身を知り受け入れ認めている状態に追いつくまではまだまだ。都会ってものに興味があったり、大人で素敵な女性ともっと関わってみたかったり、しょうもないクラスメートとのいざこざは常にあったり。憧れや幻滅、毎日毎日隣り合わせで思春期の心は忙しい。そしてキクりんは少しずつ、自分自身を知って、成長していきます。人の痛みや人の悲しさ、優しさ、誰でも未熟である、て事をなんとなくわかってきているんじゃないかな、と思いました。キクりんの真っ直ぐな目が変わらず、ずっと大人になるまで持ち続けてもらいたい、そんな風に感じました。

衝撃的な事実、でも他者には受け入れやすい事実。

物語を読み進めると判明する、肉子ちゃんとキクりんが本当の親子ではなかった、という事実。そりゃそうだ、だって見た目も全然違うし、と他者から見れば納得のいく話です。ただキクりんからしたら、ずっと母親だと思っていた肉子ちゃんが実は母親ではなかった、それでも肉子ちゃんからは愛情はたっぷりと注いでもらっていたし、肉子ちゃんになんら不満があるわけではなく、それよりも自分が実の母親に捨てられた、という事が衝撃的な事実として突き刺さります。どんな理由があったにしろ、自分を捨てた母親を許せるのか。1人では絶対生きていけない人間の乳児が捨てられる、というのは、死ね、と言われているのと同じようなものだと思います。肉子ちゃんへの感謝、そんなものより実は捨てられた子だったという事がキクりんを傷つけます。でもそんな時にもやはり肉子ちゃんの圧倒的な明るさ、優しさ、キクりんへの愛情がキクりんを助けます。肉子ちゃんがいてくれてよかった、そうキクりんは心から思ったのではないか、と、私はそう希望します。実の母親は自分を捨てたけど、肉子ちゃんは絶対自分を捨てない、キクりんは気づいてはいないかも知れませんが、心の底でそう信じていると思います。肉子ちゃんがキクりんを裏切るはずがない、何があってもキクりんを守れる肉子ちゃんであると思います。人は誰しも未熟で不完全ですが、その至らないと思える部分も自分自身として受け入れ、認める。そんな人は本当に強く、周りも幸せにしてくれるんではないか、と思えた物語でした。登場する人物が生き生きとしていて、その人となりにしっかりとした描写、キャラが描かれ、本当に人を描いた小説だと思いました。ストーリーを通じて浮かび上がるのは登場人物たちの人柄、それぞれの繊細さ。ほっこりとした読後感に、私も肉子ちゃんやキクりんから少し幸せをお裾分けしていただいた気になりました。幸せな気分になれる小説です。

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他のレビュアーの感想・評価

肉子ちゃんは世界中に。混沌とした世界を照らす希望の物語

「肉子て!」タイトルからすでに先制パンチ、西加奈子の凄さこの小説の著者は言わずと知れたベストセラー作家だが、著者の数ある作品の中でもタイトルのインパクトは本作がピカ一だろう。漁港なのに魚じゃなくて肉!?たぶん太った女の人が主人公なんだろうけど、あだ名だよな。あだ名じゃなかったらやだな…などと、読む前から想像力をガンガン働かせてしまう。タイトルからもうやられた感満載である。そして読み始めてやっぱり、やられた…である。もう話にどんどん引き込まれてしまう。肉子ちゃんのその枠外のキャラクター。明るいふとっちょのブスで、常に大阪弁で変な語呂合わせが好きで、そして、何よりも情に厚く涙もろい。このキャラクターにやられて、読んでいる間に何度鼻の奥がツンとしたことか…。シビアな世界と肉子ちゃんという浄化装置このすごいキャラが暴走するだけではなんだか疲れてしまう話になりそうだが、そこをクールダウンさせてく...この感想を読む

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4.54.5
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