鉄道の歴史を感じるミステリー短編集
西村京太郎さんの鉄道や旅への情熱を感じる一冊
西村京太郎さんといえば鉄道ミステリーで有名だが、実際には多くの作品を読んでいると、本格的に時刻表や鉄道の特徴を生かした作品より、社会派ミステリーや事件が起こった土地の特色で描かれた作品の方が多い。しかし、この「空白の時刻表」は、まさしく多くの人が西村京太郎さんの鉄道ミステリーとはこういうもの、と思っているイメージ通りの作品が掲載されている。
短編が6作品だが、どれも時刻表や鉄道の特徴、車両の構造について詳細に知っていないと描けない作品ばかりで、一話一話は短いながらも非常にスリルと意外性に富んだスピード感あふれている。
こういった作品を描くには、当然のことながら取材が必須なわけだが、本当に鉄道や旅が好きで、ただ旅情にひたるだけではなく貪欲な探求心がないとここまでのトリックは思いつかないだろう。
今の鉄道事情では実行不能なトリックもあるが、それも歴史を感じて興味深い。
また、この本にはミステリー短編の舞台という日本全国でどの路線がどの作品の舞台になったかという地図があるが、本当に日本中を網羅している。西村さんがいかに熱心に取材をされたか改めて敬服する。一方で、旅をしつつ、この列車ならどうやって殺しのアリバイができるか?と考えながら旅をするのも、一般人には想像しがたく、旅のさなかにトリックを思いつくのか、行った後で思いつくのか、西村さんの旅の楽しみ方にも興味がわくところだ。
三浦が沢山
西村ファンはお気づきの人も多いようだが、とにかくこの短編にも「三浦」姓の登場人物が数多く出てくる。西村京太郎さんは三浦姓に特別なこだわりがあるようだ。
最初の「おおぞら3号殺人事件」の北海道警の警部が三浦。「ATC作動せず」の千葉県警の刑事が三浦。「急行「だいせん」殺人事件」の被害者が三浦。「殺意を呼ぶ列車」の被害者、佐伯ゆう子の勤め先の管理課長が三浦。「復讐のスイッチ・バック」の熊本県警の刑事も三浦。掲載6作品中5作品に「三浦」が登場する。
一体なんでこうも三浦が多いのか不明だが、県警や道警等の刑事についてはこの作品集以外でも三浦が多く、お気に入りの姓なのかもしれない。
ちなみに女性に「みどり」の名前が多く起用されているが、この作品集では唯一三浦姓の登場人物がいない「死への旅奥羽本線」の被害者がみどりなので、やはりここでもお気に入りの名前が出てくることには違いない。
犯罪のトリック同様動機作りも難しい
誰しも人を憎むことはあるが、実際殺してやろうと計画を立てたり、殺人を実行しようと思うほど人に殺意を覚えることは、滅多にあることではない。
最近は、ゲーム媒体にしろミステリーにしろ、悪党を作り出して成敗するというストーリーを作ろうとすると、変に難しい社会背景や架空の団体を作り出したり、こんなことで人を殺そうと思うだろうか?という殺害の動機が浅いものになってしまいがちで、悪党の心理がうまく描き切れていない作品も見かけるようになった。凶悪事件は世間でも時折話題になるものの、実際には日本は常識人が多く、まだまだ治安が保たれた平和な国なのだと感じる。
短編ながらも、「空白の時刻表」の作品には、緻密なトリックと共に嫉妬や、欲にまみれた犯罪の隠ぺいなど、人間の汚さや自分のエゴから人の命を何とも思わぬ犯人像がしっかり描きだされている。
また、被害者の側にも人から恨みをかう問題があったというパターンは、西村作品ではかなりあり、この短編でもそういった作品が扱われている。どうしようもない人でも守るべき命は守るのが警察であり、十津川警部や亀井刑事がついため息をつきたくなるような落ちがあるのも、リアリティに富んでいる。
鉄道ファンが狂喜しそうな設定は、ファンでなくても楽しめる
昔はこんな車両があったのかという今では到底あり得ない車両構造の列車がトリックのヒントになっているなど、過去の作品は非常に歴史を感じて面白い。特に鉄道ファンでなくとも、知識や雑学、興味として知っておくには非常に得るものがある作品である。
また、「ATC作動せず」では、本来千葉を走っている電車が東京を抜けて北鎌倉まで走ってしまうという事件が起こるが、こんなことはあってはならないと思いつつ、実際あったら・・・と不謹慎ながら鉄道ファンが妄想として想像してしまう夢の設定もある。こういう事件は、どこか西村さんが鉄道ファンとして、こんなことが起こったらどうなるか?という実験的作品とも思えて、非常に興味深い上に、列車のことをよく知る西村さんが描くからこそのリアリティがある。
実際には日本の列車は、稀に事故は起きても列車を利用して殺人が起こるという事は聞いたことがないし、最近は新幹線があちこちにできて旅も高速化し、列車は単なる移動手段として、複雑なトリックを仕掛ける前に目的地に着いてしまう時代になった。
まだ、スピードばかりが重視されない時代だからこそ創造された物語は、起こった事件こそ悲惨でも、古き良き時代の旅情を彷彿とさせる。
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