自己嫌悪と自虐と加虐が絡み合う、絶望的な虚無感をシニカルに描いた大ヒット舞台劇の映画化 「真夜中のパーティ」 - 真夜中のパーティーの感想

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真夜中のパーティー

4.504.50
映像
4.50
脚本
5.00
キャスト
5.00
音楽
4.50
演出
5.00
感想数
1
観た人
1

自己嫌悪と自虐と加虐が絡み合う、絶望的な虚無感をシニカルに描いた大ヒット舞台劇の映画化 「真夜中のパーティ」

4.54.5
映像
4.5
脚本
5.0
キャスト
5.0
音楽
4.5
演出
5.0

面白いといっては、無惨にすぎる。鋭く、痛く、悲しく、むごい。そのくせ、息をつめる"面白さ"だ。

登場人物のすべてが、同性愛の男たちだ。蒸し暑いニューヨークの夏の夕べ。仲間の誕生祝いのパーティが、俳優マイケル(ケネス・ネルソン)のアパートで開かれることになる。高校教師やカメラマンや室内装飾家に、黒人青年も混じっている。

はじめは、陽気に進行する。だが、不意にマイケルの大学時代の友人で、"まとも"なアラン(ピーター・ホワイト)がとび込んでくることによって、池に石を投げたように、波紋が広がってくる。

待ちかねた主賓のハロルド(レナード・フレイ)が到着する。このアバタづらのユダヤ人、嫌味たっぷりにキザで傲慢な男の登場は、強烈な印象だ。そのハロルドに、ごついご面相ながら女性的なエモリー(クリフ・ゴーマン)が、一晩二十ドルで買ってきた"夜のカウボーイ"の若者をプレゼントする。この異様な光景にむかついたアランは、エモリーを殴り倒し、乱闘騒ぎとなってしまう。

ブロードウェイの大ヒット舞台劇そのままの配役だけに、俳優たちのうまさは抜群だ。明瞭なセリフの口跡、挙措動作のひとつひとつが、息をのむほど素晴らしい。そして、よく動くカメラが、彼らの表情や視線に内面の動揺を捉える。綿密に計算された、「フレンチ・コネクション」「エクソシスト」の鬼才・ウィリアム・フリードキン監督の演出力も見事なものである。

後半は、マイケルの強制による"告白ごっこ"が、さらに緊張感を盛り上げていく。各自が電話で、ひそかに愛する男に、"恋の告白"をするゲームだ。

正常な社会の脱落者である彼らは、一つの世界を作り、連帯を求めながら、だが相手をいじめ、傷つけることによって、自らも傷ついてしまうのだ。自己嫌悪と、加虐と自虐が絡み合う、この絶望的な虚無感。

宴が終わった後、声をあげて泣くマイケルの姿は、胸を突き刺す。そして思う。人生においてこれほどの孤独感を味わうことはないであろうと-------。

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