吉田修一ならではの風景描写が堪能できる作品
目次
温泉を舞台にした5つの話
この「初恋温泉」には、タイトルにもなっている同名の短編を含んだ全部で5つの短編が収められている。その全ての話は温泉が舞台となっていて、いわばそれぞれの主人公たちの非日常が描かれている。ある程度年を重ねた夫婦から、初々しい高校生のカップルまでの日常も描写されており、そこから“温泉”という非日常に切り替わるところが映像的で、このあたりが吉田修一の風景描写の手腕を感じさせる。
吉田修一の作品はそういった風景描写がメインで話が進むタイプのものが好みだ。あまり登場人物が多すぎたり、人間関係が濃厚すぎると風景描写だけでは情報が足りなくなり、どうしても底が浅く感じてしまうのだ。
それに比べてこの作品は短編ということも手伝い、登場人物の人数もちょうどよく物語の展開もいわば“風呂敷を広げすぎた”感がなく、そこに吉田修一特有の風景描写が彼らの周囲を色鮮やかにする。そして舞台が“温泉”という非日常感も手伝い、彼らしい作品に仕上がっていると感じた。
甘酸っぱいタイトルとは裏腹に
本のタイトルにもなっている「初恋温泉」だが、その甘酸っぱい印象とは裏腹に、別れを予期させる夫婦の会話がメインとなっている。恐らく年を重ね妙齢であろう二人であり、社会的にも成功しているようなそんな二人が、どうして別れなければならないのかを短編ながらも深く切り込んである。物語の構成としては、現代の2人の温泉の会話や生活の描写の間に、初めて出会った高校の時の2人の会話と生活が差し挟まれる形だ。その高校時代の会話は、現代の会話よりも数は少ないのだけど実に生き生きとしており、この2人にもこのような初々しい時期があったのだなという事実が妙に印象的だった。現代の落ち着いているけれどどこか疲れたような二人と、はちきれそうな生命力を感じる高校時代の2人の会話が対照的で、ここで初めてタイトルが“初恋”と謳っているわけがわかったような気がした。
物語自体にめまぐるしい展開があるわけでなく、感動を誘うような話があるわけでもないのに、なぜか最後まで目の離せない静かな、それこそ温泉のお湯が揺蕩うような印象の物語がここには収められている。
この「初恋温泉」ででてくる夫婦も別れたのかどうかは最後までわからない。だけどそこにはどこにもいきつくことのないような閉塞感を感じさせるが、妙にそれが心地よく感じられるようなそんな物語だった。
身近な幸せを感じられる「白雪の湯」
この主人公となる夫婦にはとても親近感を感じる。仲のよい夫婦というよりは友達夫婦というべきか、男女の色っぽさからは程遠いのだけれど、だからといって浅い関係の夫婦ではない。お互い思ったことをすぐ口にだすタイプなのか、2人とも話好きだ。ずっと話しているから大したことを話していないようにも思われるのだけど、空港から降りたときに音が消えたように感じた瞬間などの話は意外にもリリカルで印象的だった。またカッコ書きのセリフが続くと、例え2人だけの登場人物でもどちらが言った言葉なのかわからなくなってしまうことが多々あるけれど、この話にはそれがなかった。それは恐らくこの短い話ながらも登場人物の個性がきちんとたっている上で、それぞれがその性格に則って発せられたセリフだからだと思う。こういうことは小説なら当たり前のことだけれど、そうでない小説は意外に多い。だからそういう違和感を感じてしまうとすぐ素に戻ってしまうのだけれど、今回はそれがなかったためずっとストーリーに入り込めたまま読み終えることが出来た。
ここに登場しているもう一組のカップルは恐らく男性が耳の聞こえないのだろう。このカップルの描写は少ないのだけれど、本当にこの音のなさ感がでていて、好きなところだ。
吉田修一の他の作品で「静かな爆弾」というのがある。耳の聞こえない女性を愛した男性の話だけれど、この耳の聞こえない女性に関していうとその音のなさ感、静寂感というのはあまり感じられなかった。耳が聞こえない人のみが纏わせることのできる、いわば静謐さというか深い静かさというのをこういうテーマでは感じてみたかったのだけど、それがなかったのが残念だった思いのある作品だった。だけど、今回短編のなかの脇役という限られた登場の仕方ではあったけれど、このカップルのほうにそのような近づきがたいような静謐さを感じた。
短編と長編の違い以外に違いがわからないので、どこの描写でそのように思うのか自分でもわからないのだけど、そのような印象を残した物語だった。
分かるひとには分かるのだろう「ためらいの湯」
これはお互い妻も夫もいながらも、同窓会で出会った同級生と愛情を深めてしまった2人の物語だ。愛情を深めるといってもそこには人生の重さを感じさせるような深刻さはなく、なにかしらお互い離れることができなくなってしまったような、離れるきっかけを見失ってしまっただけのような、頼りなさを感じさせる。不倫という祝福されるはずもない恋愛でありながら、だからこそ隠れて愛情が燃えるという世間一般の印象とは違い、お互いそれほど盛り上がっているようにも見えない中途半端さが、読み手としては謎でもあり物足りなくもあった。
もしかしたら不倫を経験した人なら彼らのセリフはそのまま頭に入ってくるのかもしれない。彼らのいう“罪悪感”の対象の話や、妻と夫に対する気持ちもよく分かるのかもしれないが、経験がない以上あまり気分のいい話ではなかった。
ただ勇次が和美の忘れていった携帯を見ながら留守電を入れるところは、どこか退廃的な印象があって好きな場面だ。
読むのが苦しくなった「風来温泉」
ここに登場してくる夫婦は、金銭的にはおそらく恵まれているのだろうけど、精神的安定には程遠いイメージを受ける夫婦だ。夫の方は生命保険の勧誘を生業にしているため、どこにいても新しい出会いがあればあるほど熱心に勧誘をしてしまい、友人知人たちとの付き合いもか細くなってきている。妻の方は最初は気にしておらず、彼がいい成績を上げることを自分のことのように喜んでいたのだけれど、報酬があがるにつれ彼が失っていく色々なことに先に気づいてしまったところから、悲劇が始まった。
恐らく彼自身もうすうすわかっていたのだと思う。なんのために自分は友人からの友情も失ってまで、必死に営業所内で一位の地位を守ろうとしているのかわからなくなってきていることを。
もともとその仕事が向いていたからこそ陥ってしまった負のスパイラルともいうようなものは、読んでいてこちらも苦しくなるような展開だった。妻と言い合いになってしまったとき、自分でも妻に働いた乱暴は止めようがなかったにしろ、哀しいものだった。彼はこの温泉から戻っても、心から休まれるところは失ってしまったのかもしれない。いや、最初からそんなものはなかったのかもしれないと思わせる話だった。
とはいえ少し疑問に思ったところもある。彼くらいの年代にもなってそのように熱心に保険の営業はするものなのだろうか。そこが妻に対して「馬鹿にしているんだろう!」と声を荒げた原因なのだろうか。その世界はよくわからないけれど、そこに哀しさがあったことは間違いがない。
高校生の純愛を描いた「純情温泉」
読んでいて恥ずかしくなるような甘さを感じるこの物語は、終始その甘さがなくならないところがいいところでもある。高校生特有の悩み、本人たちは至って真剣なのだけれど大人から見たら微笑んでしまうような微笑ましさに満ちていて、読んでいて若返ってしまうような思いがした。
自分が高校生の時に恋人同士で温泉なんて考えは思いつきもしなかったが(そもそも相手がいなかったのもあるが)、やはり補導対象になるうるのだろうか。本人たちがそれを気にしているのが妙に不憫だった。
最後健二が言った言葉「一人の女と12時間イチャイチャして12時間ケンカする」といった青い言葉は、青いからこその真剣味がありそこに大人が忘れた一途さを感じさせて、この物語は「初恋温泉」の中で一番好きな話だ。
舞台の温泉は実在であるということ
ここに書かれている温泉はそれぞれ実在の温泉を舞台にしている。それに気づいたのは2回目に読み直したときで、マンガでよくあるカバーを外したらそこに四コママンガが描かれていたといったようなお得感を感じてしまった。
この作品は「東京湾景」とともに、吉田修一の作品の中では個人的に好きな作品のひとつだ。
- あなたも感想を書いてみませんか?
- レビューンは、作品についての理解を深めることをコンセプトとしたレビューサイトです。
コンテンツをもっと楽しむための考察レビューを書けるレビュアーを大歓迎しています。 - 会員登録して感想を書く(無料)