家族の在り方から自分の生き方を考えてみる
優しくそれぞれの成長を描く
主人公のひろのは大学1年生。といってもまだ18歳でピッチピチ。実家から大学へ通うという、まだまだ垢抜け切らない感じのシャイな女の子で、人と関わることが苦手だからと避けてしまう子だ。しかし、心は優しい女性であり、よく気が利く人だ。人を嫌いなのではなく、怖いからこそ、よく観察して、注意深く接している。
そんなひろのに惚れた深町。きっかけは大したことじゃない。ただ、話しかけてみたら、もうずっきゅんと落っこちてしまったのだ。気づいたら、もう大好きだった。ひろののダメなところも、いいところも、全部を愛しく思える深町と出会い、ひろのが少しずつ心を外向きに開いていく姿が微笑ましい。
何より、この物語において欠かせないのが「家族」の存在。2世帯で暮らしているひろのの実家では、母、父、祖母、祖父、妹、さらには社会人だった兄も帰ってきて、すっかり賑やかになる。そこに深町が入り込んで、当たり前のように笑って、怒って、落ち込んで、泣いて。飼い犬のコマル、飼い猫のポセイドン、みんなが家族を愛しているのが伝わってくる、そんな優しい物語である。
ひろの、顕、ほのかの3人について、オムニバス形式に物語は進むが、やはりメインはひろのと深町。家族を通して深く知り合い、そして自分たちも家族をつくる。それが自然に、無理なく行われていく。
次女のほのかに関しては、まだまだ高校2年生で子ども。彼氏に至っては高校1年生でさらに子どもで…やることやってるものの、分かり合えてはいない様子。そこからお互いただかっこつけてただけだってわかって、ただ大好きなんだってことが伝え合えた。それがすごく微笑ましかったし、やはり高校1年生ごとき、背伸びしたってまだまだ子どもで当たり前だわって思えた。
長男顕に関しては、幽霊が怖くて実家に戻ってきた哀れな兄かと思っていたのだが、家族の中で誰よりも人に関心のない人間だったことがわかり、幽霊のおかげで変わっていく彼は、かわいいなと思った。つまりは、どいつもこいつも優しくて、かわいくて、観ていてほっこりしてしまうキャラクターばかりなのだ。
メンツが最高すぎる
おばあちゃんとおじいちゃんのエピソードも好き。どれだけ汚い言葉で罵り合ってケンカをしようが、仲直りしてこっそりコンビニに行くなんて…若い男女のラブな展開よりも萌かもしれない。お父さんがほのかラブでも、ひろののこともちゃんと大事にしているとか、わかるだけでときめく。世代が違う人が一緒にいるのが家族であり、その中でいろいろなことを教えあって人格がつくられていくんだなと実感する。
実は洋食屋になりたかったのに、家族のためにあきらめた過去を持つお父さん。ダサく思われたとしても、やっぱり誰かを深くおもえばこそ、諦めるという決断ができ、救われたものもたくさんあった。まさに、我慢で生きてる時代の筆頭とも言えるね。立派かどうかで言われれば、やっぱり立派だと思う。彼がお金を稼いでくれて、今の家族があるんだから。途中で投げ出したわけじゃないからこそ、息子よ感謝せよ。
そして何より、お父さんを大事に想うからこそ、お母さんだってやりたいことをたくさん諦めてきた。それが正しいかどうかじゃなくて、やっぱりお父さんと同じでやり切ってる感じがするから、いい人だなって思う。宝くじのくだりはまさにテンプレートのようで驚いたが、思い出の1ページにまた笑顔が加わった感じがして、優しい気持ちになれる。いくえみ綾さんの漫画って、シリアス系でも恋愛系でも、余韻がたまらない。
誰かにとっての大切な人
「かの人や月」。誰かに、大切なあの人に、月が出てるねって話しかけているようなこのタイトル。その誰かは恋人かもしれないし、家族かもしれない。でも大切な人には変わりがなくて、物理的な距離は関係なくそばにいるような。そんな思いが感じられる。まさにその曖昧な距離感が、地球と月の間にもあって、毎日そばにいてくれて、それが家族みたい。登場人物たちはどこかで必ず月とセットで登場しているから、まさに「そばにいる」っていうことを表現しているような気がする。
月自体についても考えてみると、月ってクレーターだらけで傷だらけなのに、光り輝いていることが、よく詩や物語の中で比喩される。傷があろうと輝いている、月は人間と同じだねって。離れようとしても離れられないことから、付きまとわれている悪いイメージもあるだろうし、常にそばにいてくれる良いイメージも持つだろう。タロットカードでは悪い意味がこめられやすいけど、やっぱり単純に月と地球の関係性を考えたら、「そばにいる」って思ったほうがあったかいし平和的だ。
夜は家族が集う時間。家族が生まれる時間(かもしれない)。深町が月にお祈りしているシーンを思い出しながら、いい話だわーって再確認する私であった。月は太陽がければ輝けないとか言うけれど、そうじゃない見方もできるって思うと楽しくなるよね。いくえみ綾さんはいつも少しずれたところから新たな視点をくれる感じがする。「あなたのことはそれほど」は嫌いなんだけどね…だってあの女、最強に怖いもの…「かの人や月」がいい話すぎたのかな…。
君が大好きだ
片想いして、フラれて、それでも食い下がって、最後はひろのに逆転ホームラン。本当に深町は愛すべきキャラクターだ。ひろのの家族に当たり前のように浸透し、ひろのにとっては「家族」になった。
だって私たち 家族になるんでしょう?
がんばっても無理だったのに、さらっと逆転させるんだもん。ひろの、やっぱりずるいね。惚れた弱みとはまさにこのこと。大好きな人の家族になれる。一瞬フリーズした深町が、徐々にそのことを理解して元気になっていくのがまたかわいくてたまらない。そこでさらにひろののことを大好きになったと思う。
深町はズケズケと入り込んでいくから苦手な人は苦手だろうけど、よく周りを見ていて、優しくて、絶妙に隙間に入り込んでくる。だからけっこう狡猾な男なんだと思うよ。正直者で、一生懸命で、ゲーマーだから(関係ある)。ひろのは見事に攻略されたのだ。
顕がつなげてくれたもの
メインの主人公がひろのだから忘れそうになるが、長男の顕が家に帰ってきたことで、物語が大きく動いているんだよね。彼は脇役なんかじゃない。キーパーソンなのである。呪いだなんだと苦しんだ幽霊騒ぎも、自分が誰かの死を受け止めて悲しんであげることができなかったことが起因していた。それは、他人の死だったから?それが家族だったら…?仕事だけを見つめてきた彼に、新たな思考の時間をくれたあの女の人。顕に思いやりを教えてくれてありがとう。気づけてよかった。これから彼もまた、家族をつくっていくのだろう。
3巻という短いお話の中で、テンポよく家族について語られ、その中でまだ成長途中の兄・妹たちがいる。何かを明確に教えてやらなくても、家族ではない別の誰かと関わり、それが新たな見識をもたらして、家族の見つめ方が変わっていく。それでもみんなが一緒にいる、ベースのような場所には変わりがなくて、そこにいつもある。その優しさ、ありがたみ、嬉しさを感じて、自分たちも新しい家族をつくるんだなー。しみじみ。もう3巻でごちそうさま。すべてがすっきりである。ヘビーな物語を読んで心が疲れたときは、こういう絶妙なポイントをついてくる漫画読み、ほっこりするといいのではないだろうか。
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