古き良き時代の寝台特急が舞台 - 寝台特急(ブルートレイン)殺人事件の感想

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寝台特急(ブルートレイン)殺人事件

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古き良き時代の寝台特急が舞台

4.74.7
文章力
5.0
ストーリー
4.5
キャラクター
5.0
設定
4.5
演出
4.5

目次

寝台特急はミステリーの宝庫

近年は北斗星を始め、多くの寝台特急が廃止となり、常態的に在来線に混ざって運行している車両はほぼ壊滅状態になってしまった。今は、移動手段の一つというより、飛行機より船旅といった、ゆっくりとした豪華な旅を満喫するための車両として運航しているのが寝台列車である。この作品が舞台となった1978年当時は、むしろ飛行機代やホテル代を浮かすために利用した人や、豪華な旅行以外の理由でも利用されていたようだが、今の寝台特急は豪華クルーズを目的とするため、むしろ飛行機代よりその代金ははるかに高額だ。

昔の寝台特急には、車両のクラスによっては見知らぬ人と二段ベッドの寝台もあり、今の新幹線や在来線などにはない食堂車などもありで、一期一会でも旅人同士の出会いがあった。寝台特急特有の十時間以上に及ぶ旅は、時刻表のトリックを駆使した西村氏特有のスピード感あふれる鉄道ミステリーとは違一味違った、長い旅ならではのトリックの宝庫になっている。西村氏の作品だけでも、10作品以上、寝台列車が絡んだミステリーが発表されている。

寝台特急の内装の細やかな描写や食堂車の様子、昔は新幹線にも設置されていた水飲み器などの描写は、懐かしい古き良き鉄道の旅の温かさも感じる。

社会派ミステリーとしての側面

西村氏の作品には、鉄道や事件が起きた舞台となる地方の旅情なども描かれているが、同時に社会的な問題が殺人の動機の根幹になっていることも多い。

この寝台特急殺人事件も、巧みに長距離移動の特徴を駆使したトリックは使われている物の、犯罪の根は社会的弱者と権力者の構造にある。西村氏は小説家になる前は人事院で公務員をしていた経験もあり、色々な職業をその後転々としているため、人と接する機会が多く、社会問題にも人一倍興味があったのではないだろうか。奢れるもののダーティな一面に警告をするかのような作品も多く、この作品もそういった社会派ミステリーの一面がある。

古き寝台特急が好きな人だけではなく、現在も形を変えつつあるものの、力ある者の裏の顔が信用できないという状況は昔とそう変わっていない。人間の業なり性というものは、歴史を紐解いても大昔からあまり根本的には変わらないもののようだ。そういった意味では、発表年からだいぶ経った作品であっても、違和感なく感情移入することができる。

十津川警部の人間的描写

近年刊行される作品は、もうある程度ファンが十津川警部がどういう人物か把握した上で読んでいるという前提もあるせいか、十津川がこういう人間だという人間的一面の描写はあまり見られなくなっている。しかし、この作品では、初期の作品に見られる、十津川が風邪をひきやすいとか、占い師に筆跡占いをしてもらったものを信じているといった、刑事としての側面以外の人物像が描かれている。

一千万人誘拐計画などの短編に見られた、風邪を引いて鼻をすすっている、一見頼りない刑事という描写がこの作品にも出ているので、知っている人は相変わらず風邪を引いているのかと、ニヤッとしてしまう人もいるだろう。

初期作品の十津川は、頼りない外見だがつかみどころがなく、それでいて推理や犯人との交渉の面ではかなりキレる、という印象だが、近年はすっかり頼りがいがある上司になってしまった。

多くの部下から慕われ、指導する立場になったことや、作品を重ねるごとに永遠の40歳である十津川も成長したという事なのかもしれない。寝台特急殺人事件には、まだ十津川にも初期の面影があり、おなじみの西本刑事や北条早苗刑事といった部下はおらず、桜井刑事、井上刑事といったあまり知られていない部下が出てくる。それらの部下が十津川とぶつかり、納得しない様子を見せたりするシーンでは、十津川が三上部長とぶつかる姿を彷彿とさせる。部下とぶつかっても十津川が慕われるのには、最終的には部下を信頼していること、また、彼の判断が確実に真実に近づいていくのを実感できる、有言実行の人だからだろう。

最近はパワハラだの口だけの上司など、上司の器がない上司がいるために、仕事自体嫌になって辞めてしまう若者も多い。その点を考えると、労働環境の厳しさはあれど人間的魅力にあふれた上司の元で働いている十津川の部下は、幸せ者であると言えるだろう。

犯人の隠ぺい工作には脱帽

犯人が、寝台特急の特徴を利用した犯罪の隠ぺい工作には、本当にこの作品は西村氏の数ある作品の中でも秀逸であると言えよう。寝台特急の特徴を熟知しているだけではなく、非常時の対応や爆薬などの知識、アリバイからあるはずのない場所にある遺体など、西村氏が多くの職業を通じて知った知識や鉄道を綿密に取材した知識が凝縮されている。松本清張作品もそうであるが、あらゆる知識に精通し、そういう知識が複合してトリックになっているミステリーは、読むだけで博学になれる気がして、著者に感心するとともに、本を読むことで物事への興味の幅が膨らむ楽しさも実感できる。

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