浅見光彦、名探偵の原点 - 後鳥羽伝説殺人事件の感想

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後鳥羽伝説殺人事件

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文章力
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ストーリー
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キャラクター
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設定
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演出
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浅見光彦、名探偵の原点

4.54.5
文章力
5.0
ストーリー
4.5
キャラクター
5.0
設定
4.0
演出
4.0

目次

陽気な浅見の意外な過去

浅見シリーズを、刊行された順に忠実に読んでいる人は感じない感情だと思うが、他作品を読んだ後にこの作品を読むと、浅見の名探偵ぶりの根底は、やはり妹祐子の非業の死を通じ、遺族の側の無念の心理や、捜査する側の警察の心理を両方垣間見ることになったことが、きっかけであろうと思う。

妹が亡くなって8年もたっているという設定であるとはいえ、遺族当事者というよりかなりドライな目で事件を見ている点に違和感を感じないわけでもないが、8年という長さは人の傷をある程度癒してくれる時間なのだろうし、浅見自身、妹の死の真相を知ることが出来そうな事件に遭遇したことで、例のごとく、不謹慎にも「ワクワク」したに違いない。

ファンとしては、あの浅見の妹というからには、美貌で明るく優秀で・・・と、人柄や容姿をもう少し知りたい感じがあるが、作中祐子に関する情報はほとんど出てこない。ちなみに浅見と結婚しそうになったヒロイン稲田佐和と似たような名前の妹佐和子についても、留学していて影が薄いことから、浅見シリーズでは女性には事件で知り合ったヒロインに花を持たせ、妹はあまり存在として重視していないのかもしれない。内田氏自身も存命の佐和子の存在はファンからの投書で思い出すまで忘れていたという話もある。

浅見の推理力は天性のものかもしれないが、この作品を通じて妹の事件を究明したいという兄としての責務が、浅見を名探偵たらしめたというのは、一見ひょうひょうとした彼の状の深さを感じて感慨深い。

意外なところから主役が出てくる構成

本作が初登場の浅見は、この作品ではあくまで途中から出てきた参考人の一人にすぎない。しかし、その参考人が途中から、物語をけん引している野上と同等かそれより目立ってしまうという、非常にユニークな展開になっている。浅見光彦というシリーズ物を知っている人が読む分には待ってました!の心境だが、知らない人には変わった展開だ、さすがプロットを作成しない内田氏だと、展開の唐突さに違和感を感じる人もいるかもしれない。

しかし、もし浅見が何の魅力もない、特徴のないモブキャラの様な参考人であれば話は別だが、彼の鋭い推理やモノの見方は、野上でなくても読者をうならせ、窮地に立つと浅見を頼りにし、意見を聞きたくなってしまうのが不思議だ。このキャラクターがのちのち有名シリーズの名探偵になっていくなど、この作品が発表された際に内田氏が意図していたか謎だが、著者にとっても非常に動かしやすい魅力的なキャラクターだったに違いない。

後ろめたさがある奴は恐ろしい

この事件は、はっきり言って、犯人たちがつまらぬことで後ろめたさなど思わなければ、殺人など一件も起きずにそのまま済んだ話である点がユニークである。

小心な人間の過剰防衛が、余計な事件を生み自滅するという、人間の愚かさを表現している。私はかつて、職場で少年時代に万引きの前科があるという人にそのことを打ち明けられ、今でも罪悪感があるという打ち明け話をされたことがあるが、まだ自分を責めている人は感覚が正常なのではないだろうか。その自責が他人への攻撃や復讐、隠ぺいのたまには犠牲をいとわないレベルになると恐ろしい。

後鳥羽上皇などを崇拝・信心深い土地柄ならではの魔力で悪事が暴かれたような感もあるが、接点が全くないと思われた人間が、過去に同じ学校だったとか、同じ旅館にいたなどというミステリーはかなりあるので、いつまでも根に持っている人がいて、殺人につながってしまうとはと思うと本当に恨みはかうものではない。

歴史を扱ったミステリーは、作中に歴史について長々と説明が続くシーンがあったりするものであり、この作品も例外ではない。はっきり言って、殺人の謎解きには興味があっても、後鳥羽上皇時代の政治・歴史に無関心な人には、歴史のうんちくを聞くのはややかったるいであろう。

この作品でも教師の池田が長々語りだすシーンがあり、読者も野上も辟易しかけたところに、野上が話をシャットアウトしてくれるシーンがあるので非常に助かる。その後の、池田が塩をかけられたなめくじのようにしおれている…という表現がまた、うんちくを中断された学者らしくて面白い。

殺人の関係者が後鳥羽上皇の歴史を研究していたものであることは間違いないが、歴史的な事実が直接事件にかかわってくるわけではないので、詳細な歴史うんちくは蛇足でしかない。

もっとも、歴史的事実をミステリーに上手く融合されているのでは?と思って読んでいると肩透かしを食うが、この物語の真のテーマは「保身」であるため、野上の制止は正しいと言えよう。

浅見が最後に保身の象徴を犯人と確定するシーンは、パワハラや不当な上司の嫌がらせで悩む人には、爽快感を感じるシーンかもしれない。上に立つべからざる人間は必ず失脚する。しっかりとした正義が、この作品には息づいている。

 

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