緻密すぎるその絵の巧さと社会への問題提起が心に響く
よく似ているが進み方は断然いぬやしき
みなさんも思い出すことだろう。グロさ極まりないあの黒づくめの連中の生きざまを。その作者である奥浩哉さんが手がけるこの「いぬやしき」は、ガンツとは違って終わりがなんとなくわかってる。そしてそこまでが本当に…切なすぎて、苦しすぎて、それでも人が生きていくことを無情に感じてしまう。そんな物語だ。まさかの宇宙人ネタ、そして人の改造という序盤。「なんだガンツのパチモンかよ」と思ってごめんなさい。号泣もんの展開となっている。
何でもない日常の中で、まったく接点のなかった犬屋敷(中年男性)と獅子神(男子高校生)。そんな2人は、まさかの宇宙人と遭遇。しかも宇宙船がミスって着地したっていうことで、同時刻に、同じ場所で、宇宙船不時着によって粉々にされてしまう。「やべーよなんか消しちゃったよ!」って焦った宇宙人が、サービス精神旺盛すぎるだろ!って具合に全身最強のロボットにして犬屋敷と獅子神を生き返らせる。その力はもはや人知を超えていて、人をどうとでもできるほどの能力っていうからすごい。異空間じゃなくてちゃんと地球のそこにあるという犬屋敷と獅子神。あまりに強大すぎるその力の扱い方の対比、人生の対比、そしてどこに落としどころを持ってくるかが巧くて、最初から最後までじーんと響いてくる。
人間ではなくなった2人がその力をどう使うのか?犬屋敷は世のため人のため、獅子神は自分のため。どちらも人間であろうとしているのに、進んだ道は正反対。なのに終着点はきっと同じなんだろうなって…見えてしまう。だってそんな力が最後まで残るわけない。能力が消えるか、能力者が死ぬかしか道はないだろうし、この2人の決戦において死は避けられないイベントになる。わかってて、読んでしまうのがこの「いぬやしき」だ。
どこまでも生きる道を別つ2人
一見、犬屋敷に感情移入してしまう人も多いだろう。空気として生きてきたこの数十年。妻もいて、子どももいて、家もあって。それでもやっぱり自分のやりたいことができてなかった犬屋敷。何も言えず、言い返せず、耐えて耐えて何も得られなかった人生。家族からも、誰からも認められなかった彼。ほんと、よく結婚したよ、奥さんと。言葉で伝わるものじゃなくて、彼の言えない気持ちをそのままに表現してくれているから心に沁みる。怪訝そうな家族の表情、悲しそうな犬屋敷の顔、花子の存在の大きさ。「こんな親父になりたくない」誰もが思うことだけれど、努力と勇気なしには避けられないような気もして…自分のことなんじゃないだろうかとさえ思えてくるこの胸の苦しさ。巧すぎる。そんな犬屋敷が最強の力を手にしたとき、やりたくてもできないと決め込んでいた人助けを始める。もうその過程だけで号泣ものである。
しかし、やはり獅子神にも共感せざるを得ないだろう。現代の若者だからこそ持つ苦悩。友だちもいるし、ご飯も食べれてる。母親だって優しいし、勉強だってそこそこやってて、何となく先が読める。だけど信念が持てなくて、なんかつまんなくて、夢を抱けない少年。何かに熱くなったことだって、いつの事だったか思い出せない。そんな少年が手にしたこの最強の力。最初は迷ってた。どうしたらいいのかって。それでも冷静に受け止めている自分がいることも確かで、「自分だから」もらえた、「自分なら使いこなせる」って信じてるその根拠なき自信。恐れを知らないからこそ突き進み、後戻りができなくなって動き方がわからなくなる恐怖。謝り方もわからない悲しみ…。すげー…わかるよ。
善いと信じることが正しいとは限らない
「自分は人間だ」そう言い聞かせて弱き人を助ける犬屋敷。悪は懲らしめ、罪なき人々を助ける彼は正義のヒーロー。いつの日かやってみたいと思っていた正義の行動をとり続ける彼は…果たして正しいか?そんな問いも浮かんでくるから、この作品が好きすぎる。
結論を言えば、やっぱり人間にとってはNoなんじゃないだろうか。一番やっちゃいけないのは、人の命を、人の力以上の何かで長くも短くもできてしまうこと。病気はすべて治せるんだろう?不死身なんだろう?みんなその力を求め、我も我もと群がるはず。みんな誰より自分や自分の大事にしているものが一番大切に決まっている。つながりのないものに対して心を傷められるほどの器はそうそうない。病気は犬屋敷に治してもらって医者は廃業すればいい、建物だって作ってもらえばいい、戦争もしてもらえばいい…。人間をぶち殺す獅子神だって悪だが、最終的にはその力を表立って発揮し続けるのだとすれば犬屋敷だって悪だろう。いつかは何かを得て人は進化するのかもしれないが、個人的にはやっぱり命ってやつは…重いものだと信じたいのである。
そういうことを考えると、道徳ってなんやねんって話になるし、獅子神の気持ちもわかるし犬屋敷の気持ちもわかるしで、もう板挟み状態。もちろん獅子神の行動が許されるとは考えられないが、人の心がどちらにもあるからこそ、正義の脆さを感じずにはいられない。
理想の家族
もちろん命もテーマになっているが、家族も主軸のテーマである。父親としてこうありたいという夢が叶えられない家庭があって、母子家庭があって、両親のいない暮らしもあるし、何が普通なのかだって決められない。自分の当たり前が、誰かにとっての当たり前とは限らないのがこの世の中であるから悩む。それでもやっぱり、お父さんとお母さんがいて、いまこの時代に自分が生きているということは忘れてはならないし、何百何千というお父さん・お母さんたちがあったからこそ今生きているということを、子どもは早いうちから痛感しておいたほうが、人生豊かになる気がする。犬屋敷と獅子神が、もっと早く出会えていたら…迷っている段階で分かり合えていたら…こんな惨事はなかったかもしれない。
犬屋敷は確かに不幸だったかもしれないが、ミラクルな力を得て家族と向き合う勇気を持てた。獅子神は本気を知らない人間だったかもしれないが、ミラクルな力を得て本気で何かと対峙する勇気を得ている。要はきっかけ次第で人間どう転ぶかわからないってことを教えてくれているのだ。
似たモノ同士の行く末
もう雑誌の方ではすでに最終回を迎えたこの「いぬやしき」。まったく相容れなかった2人が出した結論はやっぱりよく似ているんだろうなと思う。むしろ何が違っていたんだろう?って気すらしてくるのはおかしいだろうか。
母親が自殺して、暴走して、そんな奴でもやっぱり何とかして支えたいと想ってくれる人がいる。犬屋敷と家族のやり直しだってまだまだこれからだし、子どもたちだって妻だって道半ばに立ってる。でも時間は待ってくれない。こういう気持ちは、大人だからこそわかるはず。酸いも甘いもわかるからじーんとするのである。
おじいちゃんみたいでどうしようもなくグズなおっさんだった犬屋敷と、イケメンでそつがなくただ生きてた獅子神。もはや、名前が出来上がりすぎてて怖い。「犬」という字には誠実さや弱さが見てとれ、「屋敷」という言葉からはきっと家庭のことを意味しているのだろうと推測できる。一方の「獅子」は強さや若さを感じるし、「神」ってまさに自分のこと神だと思い始めてるからぴったり。秀逸。
一進一退、そりゃーお互い最強であるため、勝敗なんて簡単につかない。バトルも楽しめるだろうが、本人たちがどう変わったか、そしてそれにより思考と生き方の変わっていく周囲の人間たちにフォーカスを当てたほうが断然ぐっとくる物語だ。
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