退廃的雰囲気を醸し出す西加奈子得意の夜の世界 私はこれを黒加奈子と呼ぶ!
代表的黒加奈子スタイル
私は西加奈子の小説を愛している。
彼女の作風は大きく二つに分かれる。
「うつくしいひと」「炎上する君」「キリコについて」のように希望やカタルシスを明確に与える作品がある。私はこれを白加奈子作品と呼んでいる。
一方、問題提起だけ行い、あえて解決はしない作品もある。
それが黒加奈子だ。
本作は明確に黒加奈子スタイルで仕上げられている。
主要な人物、吉田、みさを、ミミィの三人はみなそれぞれに問題を抱えている。その問題を一つ一つ確認しながら本作の意味を解いていこう。
みさをの男性遍歴を分析 彼女は悪女か聖母か?
本作のヒロインだが、男に媚びない女である。さすが西加奈子、と思う。
男性作家ではこうはいかない。私自身も男性であり、小説を書くが、ヒロインポジションの女性には顔なり容姿なり性格なり、なにがしか美しいものを与えてしまう。
しかし西加奈子は容赦ない。
みさをは決して醜いわけではないが、左右の目の大きさの違いが最大の特徴で美人ではない。
吉田だけは「いびつながら、不思議にすべてのパーツのバランスが取れていて(中略)愛嬌のある、可愛らしい顔」と肯定的に表現している。
学生時代は周囲に人気もあり、頭脳はそこそこだったようだが、つまらない男にはまってしまう悪癖がある。
高校時代の数学教師、アルバイト先で知り合ったアニメソング好きの男、印刷会社の専務、そして吉田。
吉田以外はみさをの目から見た情報しかないが、どの男も一般に女性が憧れる何かを有していない。どちらかと言えばダメな要素の方がクローズアップされている。
注意して見ると吉田を含むこの4人にはいくつかの共通点がある。
まずみさをより年上であること。学生時代のアルバイトで知り合った男性は僅かに1歳差ではあるが、この18歳という時期の1年の差は30代の4、5歳差に相当すると思う。
続いて内向的な面、人に全てをさらしていない影や闇があることも共通している。
やはり1つ年上の男についての記述は少ないが「酔うとアニメソングばかりくちずさむ」という表現にそれが見える。
要するに歌を憶える程度のマニアではあるのだろうがシラフの時はそれを公言するような堂々としたオタクではない、ということだ。
もう一点、これは予測の範囲になるが、年齢が上ということもあり、男性側がみさをに貢ぐ、という要素もあったのではないかと思う。
高校教師と学生の関係であれば堂々と外に食事に行くことなどなかっただろうが、食事などで金を出すシチュエーションがあってもみさをが出すことはなかっただろう。
印刷会社の専務は明確に金銭に余裕があるだろうから、よりその傾向は顕著であったはずだ。
彼女が金銭や食事をたかるために年上の男を求めたとは思わないが、彼女の父親が派遣会社に勤めていた事、妹が障害を持っており、多くの出費があったであろうことなどから察するに、金銭的にも愛情的にもあまり満たされた幼少期を送ったとは思えない。
そのため無条件に自分を満たしてくれるというのは彼女の中で隠れた憧れとして存在した可能性が高い。
何も言わなくても貢ぎたくなるタイプであったのかもしれない。
吉田は金持ちではない。本作開始時点で食うに困っている訳ではないが、将来に不安を感じる程度の収入しかないと思われる。しかし、みさをに無制限に食事を提供してしまう。
そうしなければこの女を繋ぎ留められない、と無意識に思わせる女なのだと思う。
おそらくこの男たちからは彼女は以下のように見えている。
食事は楽しくする。セックスも拒まない。しかしさほど自分を語るわけではなく、男の素性などにも踏み込んでこない。頼って来るわけでもない。この女は俺を愛しているのだろうか?
それを埋めるために男たちは彼女をより深く所有しようとする。高校教師奥園はしつこく彼女に付きまとう。黒加奈子はこれを「掘っても掘っても埋まらない穴のようなものだった」というシュールな表現を用いて表している。
ひとつ年上の男も引っ越す必要があるほどストーカー化している。
別れを告げたはずの専務はやはりしつこく彼女の部屋にやって来る。
彼女は無意識なのだが、男の心を満たさないのだ。
男は女性を所有したい、自分の支配下に置いておきたいと思う生き物だ。
そして彼女は食事し、セックスをするので、ある部分を所有しているかのように思える。
しかし、男たちはあと一歩満たされない。頼る、おもねる、男の日常に嫉妬する、などの行動が見られれば男は満足する。この女はもう俺のものだと思う。
しかし、みさをはそれをしない。それなのに一瞬の喜びは惜しみなく与える。
それは男にとって麻薬のようなものだろう。
会っている時だけは満たされるが、それ以外の時は不安で仕方なくなる。
彼女はまったく本能的に、男を虜にする女なのだ。
このような女をさらりと書く黒加奈子、恐るべしである。
要するに、彼女は意識せぬ悪女であった、と私は思う。
が、しかし、吉田との生活でそれが変化していく。次章でそれを纏める。
吉田はみさをの被害者なのか?
自分を強く見せることでプライドを保つ小心な男であり、昔は危険な臭いで女を引き寄せることができたが、既にその資源が枯渇しつつあることを知っている。
そこに気付いているだけに尚更哀れでもある。
そんなおりに出会ったみさをに、彼は激しく惹かれる。
最初の時点から外観に惹かれており、文中では表現されていないがいわゆる一目ぼれなのかもしれない。
数度の食事でみさをから、気が小さい、みっともない、情けない男と見抜かれるほど、その底は浅い。自分に対しての必死さも見抜かれており、惨めですらある。
金がない、と吐露してからはみさをのヒモ状態になり、ここから二人の退廃が始まる。
この退廃感は西加奈子の他の作品でもあるが、ここから復帰して健全な社会に戻るのが白加奈子作品、そのまま堕ちるに任せて突き進むのが黒加奈子作品だ。
本作は迷うことなく退廃を走り続ける二人を描いている。
西加奈子は「白いしるし」という作品でこのように上手く生きれない人を「あかんひと」と言っている。まさに吉田とみさをは働けない理由などないのに、稼ぐことより今を貪ることに集中する「あかんひと」になっていく。
文章は二人の破局や別れで幕を閉じるのかと思わせる。
しかし、堕ちるほど二人は少年、少女のようになっていく。
これを退行ととらえる人には本作は退廃的一作と受け止められるだろうし、救いと感じられる人は本作をラブストーリーと思えるだろう。
私は後者だ。
別れを予感していた吉田は、鳩の糞が頭についた少し太ったみさをのことをやはり「好き」であり続けている。
みさをも吉田の情けなさを母性で受け入れ、震える彼の手を取る。
社会的には落ち込んだまま、「あかんひと」のままの彼らだが、彼らは放浪の末に自分の居場所を手に入れたのかもしれない。
出るたびに奇異なるものとして描いた鳩と、みさをの特徴的右目が、最後のシーンで同化したかのような演出があり、二人がお互いを受け入れた瞬間を表しているのだと思う。
ミミィってなにもの?
世にいう「イロモノ」な「オカマ」であり、いじめを受けていた過去を持つ。
「地下の鳩」では正体不明の人物だが、「タイムマシン」で彼(彼女?)の想い、過去、変遷が描かれ、吉田、みさをとは違った意味で奇異なる人物であることがわかる。
しかし、二人とは違って自分の過去を断ち切るかのように、卑劣漢立埜に刃を向ける姿は本作の中で唯一の能動的行為だ。
それが退廃的な本作に救いを生んでいる。
彼は店を畳むことになるのかもしれない。どこか別の場所に流れて行ってまたイロモノとして生きていかなければならないかもしれない。
そう思うと切ないが、彼は彼の闇を生きるしかないのだ。
本作に救いはあるか
ここまで書いたように社会的にはこの三人は全く救われない。
端的に言えば金銭的困窮が眼前に迫っている。
だが、物語の冒頭よりは得ているものもある。
吉田はシンプルにみさをの慈愛を、みさをは自己に似た退廃を共に生きれる吉田とともに、店を去って行った「チーフ」と触れ合ったことで妹の呪縛からも解放されているように思う。
ミミィは前項で書いた通り、店を失う事にはなるかもしれないが、避け続けた故郷の記憶に触れ、自己を見つめなおすきっかけを得ている。
社会的には彼らに救いは無いかもしれない。
だが、私はどうしようもなく彷徨っていた彼らが、一つの分岐点にはたどり着けたのだと信じる。
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